4 溢流

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4 溢流

 昼食後から就寝前までの導護は通常、体動法に重点を置いている。  寝台に横になる天使に椅子に座って欲しいと願い出ると、無言で背を向けられた。  またしても拒否されたのだが、兄匠善は気さくに笑った。 「ははは。寝返りが打てるなんてご立派です」  筋力が付き関節も自在に動かせるようになっている。  しかしこれで立派と言えるのであろうか。  天使が積極的であればいくらでも遅れを取り戻せるように思えて、括達はわずかな不満を(つの)らせる。  匠善は天使に()びを入れ、天使の各関節に屈伸を(ほどこ)す。  残る括達と詩紅は室内の清掃に従事していたが、詩紅が唐突に、天使の元へと歩み寄った。 「狼波、今日は魔の法律について教えよう」 「いやだ」  括達は他人事ながら興味を持ったが、天使は面倒な指導であると判断し拒否をする。  だが詩紅は構わなかった。 「面白いから見ておけ。匠善、狼波を起こせ」  やや不機嫌な天使が匠善の手を借り背もたれに身を沈めると、詩紅は右手人差し指を前方に差し出した。 「窓の手前、あのあたりを」  天使は示された方向に視線を向ける。  括達も清掃の手を止めその様子を静観する。 「こうする」  詩紅の声に続き、視線の先で(こす)るような音を立てて白いなにかが舞い落ちた。 「これで雪が降る。できるか?」  雪であったのかと、改めて感心する。  何度目の当たりにしても魔の法律というものは不思議でならない。  室内で雪を降らせるなど相当な修練が必要であろう、できるかなどと簡単に言う詩紅の無茶に辟易(へきえき)した矢先、同じ空間に雪が舞った。 「上出来だ、簡単だろう」  詩紅が満足気に笑む。  今の雪を、天使が降らせたというのか。  指導という指導もなしに、難なく技巧を行使する。  自分が主に指導する体動法は中々進歩を見せぬのに。  括達は再び暗い感情に(ひた)される。
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