5 諦念

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 不意に重みが軽減する。  匠善が慎重に狼波を受け止め、抱え上げる。  寝台に運び、背もたれに沈める。  狼波の(まぶた)は下りていた。 「匠善は狼波を守るか?」  括達は漠然と愚かなことをしたのではないかと思案したが、詩紅は括達を(とが)めなかった。  問われた匠善は微笑する。 「()い目もありますので、全力でお守りしますよ」  狼波は自発的にここに存在するのではない。  先代の天使が亡くなり新たな天使を()える折に、運悪く導護師の手で蘇生されただけ。  十八年間ほとんどの知覚を封じ、生命維持と称して魔力を注入し、強力な魔の法律を行使できるよう強制的に感覚を()ぎ立てられている。  大きな負い目は確かにある。  だが、自分が導護の家に生を受け逃れられぬ務めを果たすように、蘇生の代償として天使の務めを果たすことしか狼波に生きる道はないのではないか。 「狼波。万丈の間は世界そのものだ。導護師十二人、色んな人間がいるだろう」  (さと)すように詩紅が語りかける。 「世の中、匠善のように無条件で狼波を守る者もいれば、括達のように天使としての仕事をせんと守らんと言う者もいる」  師の鴻雨は父のような、子を持つ柳綺は母のような、匠善は兄のような存在に該当するだろうか。  狼波の振る舞いを否定した自分は、観念の相容(あいい)れない、赤の他人だ。  世界に家族は数える程、後の全ては赤の他人。 「匠善は飯の前に帰る。括達に恩を売らんと夕飯を運んでくるかどうかわからんぞ。腹が減っても文句を言うなよ」 「……いやだ」  目を閉じたまま、狼波は拒否する。 「括達、飯との交換条件を出せ」  詩紅は括達の意を汲んで天使を導こうとしている。  天使の務めを果たすなら、狼波の存続を守るという職務を自分も果たす。 「歩けるのであればどの程度まで歩けるのか。歩行の訓練をして、見せていただきたい」 「休んでからだな。括達も休め。少し外に出ろ」  頭を冷やせということだろうか。  詩紅に(うなが)され、括達は詩紅と共に部屋を出た。
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