6 変遷

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 門前街の喧騒が万丈の間まで響く。  昼食を摂り終えた狼波は半裸で寝台に横になり、目を瞑ってこぼした。 「毎日うるさいな」  括達はその言葉を聞き(とが)め、揚げ足を取る。 「狼波への土産物はこのところ門前街の露店で仕入れているのですが。文句を言うなら撤去させましょうか」  恩恵を受けているのだから、我慢すべき。  天使の務めを果たしてはいるが信徒に寄り添う意思は微塵もなく、全て自らの欲を満たすため。  狼波の心の持ちようを正すなど不可能と、括達は狼波から天使としての認識を切り捨て、詩紅同様名で呼んだ。  慈悲深い天使を期待しなければ楽なものだった。  導護師の給金を得るために狼波を天使として動かす仕事をすればよい。  動かぬのも狼波の意思、狼波の望みを(かな)えている。  物理的な種の存続は互いに成り立っている。  人が集まる時世、門前街に大規模な市場(いちば)が形成され、港町であるため狼波の興味を引く代物が足元にいくらでも転がってきた。 「えっ、見に行きたい」  括達に対して激昂した狼波は、確実に欲が満たされるためか括達を避けることはせず、むしろ馴れ馴れしく語りかけてくる。  なにかをすればなにかが返る、現状に則した対応のほうが包み隠した負い目に(もと)づく対応より狼波にとってわかりやすいのではないかと括達は推察している。 「行きたいのなら歩行の訓練をして下さい」  歩行訓練の手段が体動法から魔の法律に切り替わり、成果の得られぬ仕事が減った。  魔力と共に体力も消耗するらしく、体動法のための施術を以前より拒否するようになり、(いま)だに自力歩行が難しい。  連れて行きたいという心持ちは多分にある。  狼波への貢ぎ物を探すため括達も門前街へと(おもむ)くが、日々市場が規模を広げ目新しい物品が頻繁に入れ替わり、選択に困る。  狼波が市場を目にして嬉々とすることは確実だ。 「気晴らしに行ってみればよい」  相も変わらず、長椅子に掛ける詩紅は無茶を言った。  どう説得したのか、詩紅の披露の儀の提案は同意を得、決行された。  意思の疎通も生活習慣の形成も後回しに、七日間儀式の動作のみを書物や菓子で釣り教え込むことはさほど難しくはなかった。  狼波がよく従い、無駄がなかった。
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