6 変遷

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 無茶を言い放った詩紅へ、卓につき狼波の法衣を繕っていた年配の女性僧侶が厳しい声を上げた。 「ちっともまともに歩けぬのに。出歩いて本性が知れたら騒ぎになりますよ」  先代の導護にも就いていた祭司の湖鳳(こほう)は、狼波が意思表示をするようになってから彼に対してつれなくなったように思う。  彼女だけではない、導護師の内で狼波への対応に温度差があった。  狼波に対して明らかに突き放す発言をした自分に処分がなかった理由は、この空気が影響しているのではないかと括達は考える。 「寄生して他人の身体で行けば、騒ぎにもならんし安全だぞ」 「禁呪でしょう。なにを言うのですか」 「了承を得れば違法ではない。狼波、括達に頼んでみろ」  無茶も譲らず異論も譲らず、二人の言い分を聞いていたが自身の名が出て括達はやや戸惑った。 「なぜ私なのですか」  魔の法律を使って連れ出すのなら詩紅が行くのが得策ではないか。  それに狼波に対して否定的な自分より好意的な詩紅が行動を共にしたほうが、狼波はより外の世界を満喫できるだろう。 「内心が垣間見える恐れがあるんだぞ。我々はまだ狼波に内心を知られておらんから困る。括達は全部ぶち撒けておるではないか」  詩紅の内に狼波に知れて困る醜い感情などあるものかと思ったが、一つ思い当たった。  詩紅は狼波の良いように導いてはいるが、全ては天使の働きをさせるため。  感情論ではなく理論で導くことは狼波にとってよいことなのかと、幾ばくかの疑問がある。 「いや、全部というわけでは、ないです」  連れ出したい気持ちは自分の内にもあるが、知れて困る内心があるものか自分でも判断しきれない。 「大丈夫、初めのうちは視覚と聴覚の把握で精一杯だ。内心は大して見えん。多分な」  それならば自分が行けばいいものをと渋面をして見せたが、起き上がった狼波が横から酷く期待に満ちた表情で訴えてきた。 「括達頼む。行ってみたい」  なにかを検討しなければと考えたが、なにを検討すべきか咄嗟に浮かばなかった。  それ程までに望むなら、多少の犠牲を払う価値もあるように思える。  狼波の眼差しを再度確認し、括達は微かに笑顔を浮かべ返答していた。 「承知しました」  寄生について詩紅が解説する様子を側に控えて聞いたが、試行錯誤で知覚を連動させろだとか言動を無断で操作するなだとか、非常に不安になる内容であった。  結局のところ狼波の加減次第で内心は読まれ勝手な言動をされてしまうのではないか。  だが一度承知したのだから断るなどできぬと、括達は自己を律する。  内心、狼波が市場を見てどのように感じるものか、知りたかった。
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