7 本意

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7 本意

 深緑の僧兵服から紺と黒の質素な私服に着替え、括達は参拝客に(まぎ)れて正面扉口から門前街へと出た。  朝夕に通常の礼拝があるだけだというのに近頃は日没後も人が絶えない。  つい先日までは潮風の心地よい大通りだったが、晴天の上露店の列と雑踏で息苦しさを感じた。 『うるせーし、人邪魔だし、思ったよりつまんねーな』  頭の中に狼波の無遠慮なつぶやきが響く。  寄生されている今、言語にした意識が互いに認識できるようだった。  括達はどこまでが伝わるものかよくわからないまま狼波と無言で会話する。 『このあたりは元から門前街にある店の露店で、食品や生活用品が多いのです。狼波がお好みの物珍しい品はもう少し奥のほうですね』  しばらくは野菜や果物、布地などが山積みになった露店が続く。  狼波が不快で退屈と感じることは想像できた。  しかし次に認識した言葉は不満ではなく、(あせ)りだった。 『あぶねー。文句言うなら帰るって言うかと思った。奥まで行くぞ』  狼波は自分が失言したことに気付いたようだが、括達は失言を(いさ)めなかった自分に思いがけず驚いていた。  自身を提供するという大きな貸しを作って第一声が『つまらない』では、狼波の察したように機嫌を損ね引き返す状況になり得た。  そして括達はまた気付く。  狼波が、他人の心を推察した。 『ひとつ学びましたか? 自分の望みを叶えるためにも、狼波は少し言葉を選択するべきです。そのほうが我々も無駄に気分を害さず、より狼波の意に添った対応ができますよ』  括達は狼波に言い聞かせながら動揺していた。  今回の寄生、狼波のみならず自分の気付きを詩紅は画策してはいないか。  気付きを考察したかったが、強く物事を考えては狼波に伝わってしまう。  括達は狼波をひとつ導けた現状だけをよしとして、なにも考えずに先を急いだ。
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