1 欺瞞

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 いまだ儀式が未定であることに、やはり僧侶は眉をひそめた。 「覚醒が決まってから巡礼者が増えたことは良いのですが、今まで信仰もなかった遠方の者たちの苦情が絶えんのですよ。誓いを聞く天使が不在では意味がないとか」 「天使はこちらの真上、万丈の間で皆様方の声をしっかりと聞いていらっしゃいます。無意味ではないとのこと咀嚼(そしゃく)して伝えるよう沙汰が下っていますので、そのように願います」  礼誓教に勢いがある要因は、天使に象徴である神とは異なり血の通った肉体があるということ。  混迷の時、天使がその手を実際に差し伸べてくれる。  天と地の相が乱れ魔物の増加が(いちじる)しい今、天使の力の行使を皆が望んでいる。  そのような時に天使を信徒から退(しりぞ)けることで憂慮の声が上がることは想定し、対処するよう伝えらている。  それでもこうやって、幾度も苦情が上がる。 「先代の披露の儀は半月も待たんかった気がするのですよ。そのつもりでおったので、歳のいった信者なども皆色々言っておるんですが」  そこを突かれることがもっとも痛い。  四十年前、先代の天使は覚醒から十日で披露の告知、その七日後に披露の儀を執り行っている。  それに対し当代は、半月経過したが告知もない。  早急に披露せねば天使に差し障りがあったのではとあらぬ噂も立とう。  新たな信徒を獲得する契機にこれでは、胸算用だとしても大きな打撃。  しかし、物事には段取りがある。 「存じております。ただ天使の万全が最優先、不備があっては神に申し訳が立ちません。(わたくし)も一層尽力いたしますので、心穏やかに、お待ち下さい」  安心させるための笑顔のひとつでも出せればよいのだが、出なかった。
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