9 錯綜

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9 錯綜

 室内に声を掛け、応答を受けて万丈の間に立ち入る。  高貴な室内、外出前と変わらず繕い物をする湖鳳、寝台で背もたれに沈み眠る狼波。  詩紅は寝台の向こう、露台から室内へと戻るところだった。  下の騒ぎに気付き眺めていたのだろうか。  括達は寝台に歩み寄り、詩紅へと冷静に伝えた。 「狼波が寄生を断ち切れぬそうです。どのようにすればよいものか、教えていただきたい」 「は? ただ単にやめればよいだけではないか」  詩紅にとっても予想外の事態だったようだ。 「できぬそうです」  詩紅は困り顔で腕を組み、ややあって括達を見据え淡々と(うなが)した。 「落ち着いて、魔力を止めるか意識を()らすかやってみろ。できぬ場合私が魔力を封じて寄生を断つ」  狼波にできなくとも詩紅には解決できる、安堵すると、眠る狼波の瞼が不意に上がった。  狼波は震える瞳で自身が動くと確認した(のち)、掛け物を頭まで引き上げ、身を縮め(つぶや)いた。 「死ぬかと思った……」  そこまでの恐怖を感じていたのか。  狼波は眠りの合間、聴覚以外の感覚で人々の深誓を聞いていた。  天使を(うと)む異教徒の思念があの距離で届いてしまったと言う事か。  同様に声を聞き心中を推察できなかったことが悔やまれる。  なにがあったのかと詰め寄る湖鳳に遠目に争いを見ただけだと説明すると、詩紅は狼波を憂える様子もなく解釈を述べた。 「生まれて初めて災難に()い混乱したのだろう。括達に(すが)り、意識を逸らせば命はないと思った。安全な状況を理解してようやく意識を逸らせた。そういうことか」
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