9 錯綜

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「天使、あれについてはまた後日説明しましょう。夕拝まで少しお休み下さい」 「大祭司が表は夕拝までには(しず)めるとおっしゃっていました。心配は無用です」  湖鳳に続き括達も言付けを静かに告げる。  掛け布の中からの返答は、弱々しいものだった。 「いやだ、出ない」  導護師は沈痛な表情で顔を見合わせる。  追って(なだ)める声は上がらなかった。  狼波の怠惰が腑に落ちぬ括達ですら、今それをすることは酷であると判断できる。 「わかった。夕拝は大祭司にやらせればよい、あれは狼波と大して変わらん。伝えてくる」  気楽に言いながら、詩紅は万丈の間を退出した。  確かに天使と大祭司は外見や内心が冷淡な部分が似てはいる、だがどこか、違うように思う。  括達ははたと(いま)だ私服で、狼波に買った文鎮を手にしていると気付く。 「狼波。先程買った文鎮です、ご覧になりますか」 「いらない。飯も、なにも、いらない」  夕拝を執り行わない、ゆえに交換条件である他のものもいらない、と言うことか。  気にするなと、思ったままを口にしようとして、止める。  括達は考え、選択し、告げた。 「そもそも朝拝と夕拝は狼波が物欲しさにやっていただけのこと、日を決めて立てばそれでよいのです。危機を察し、回避の手段として休息を選ぶ。他にも手段はありますが、今日はそれを学んで頂けたようですから、夕食をお持ちしますよ」  文鎮の返しは(すで)頂戴(ちょうだい)している。  神殿に連日大勢の参拝者が訪れる、それは狼波の霊妙で敬虔な姿を皆がその目で見たいがため。  狼波は納得がいかぬのに逃げ場のない天使の務めに目先の欲だけで(はげ)み、結果多くの願いを叶えている。  食事はいらぬなど、生きる事を放棄するなど言わず、堂々とする資格がある。
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