10 内観

2/3

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
 天使ではなく狼波の介助に切り替えたことで、理想と現実の乖離がなくなった。  狼波の失言は想定範囲内。  そもそも理に(かな)った不快感を無遠慮に訴えていただけだ。  狼波という人間は天使の仕組みを拒否した。  天使を待てども奇跡は起きぬと、自分も重々承知している。  そして狼波は自分が説いた相互扶助による種の存続を受け入れた。  心が伴わずともどの行為に対して代償を払うべきかを理解し、思惑を突き合わせ上手く事を回している。  ──価値観の一致。  同じものを必要とし同じものを排除する、共存することで互いに長く存続できる。  狼波は自分の種の存続に関わりのある人間だったらしい。  狼波は自らの存続のために括達に(すが)り、返しとして括達の存在意義を高め、導護師としての精神的な満足感を与えた。  天使であるが(ゆえ)に危険に身を置く狼波は、天使としては不十分であるが人としては意義のある存在。  括達は狼波を懸念し、導護師としての判断で天使を保護した。  偽りのない本心と導護師の(しがらみ)にとらわれた自身の一致。  偽りではないのなら、逃れられぬこの役を迷いなく務める事ができる。  狼波はまだこの世に馴染んでおらず、処世術を今から吸収する段階。  狼波を理解し適宜導くことが、自分の務め。  現状問題があるとすれば、狼波が無情であることだ。  こちらが情をかけたとしても、返ってくるものは天使としての演技か、感情の伴わぬ言葉のみ。  だが、何らかを返そうとするその心の持ち様だけでも既に情ではないか。  好意として受け止めているのなら、感謝の言葉などいらぬと感じた。  相互扶助を求めておいて、これではまるで奉仕ではないか。  ……恐らく、何かを(ほどこ)したいと思わされる時点で、既に相手から何かを、存在意義などを、与えられているのだろう。  そうでなければ愚直な自分は、決して動かない。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加