10 内観

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「おい括達、導護師がこのような場所で深誓するな」  唐突に肩を揺すられ、括達は焦り顔を上げた。  先に導護を終えたはずの詩紅が、渋面でこちらを見下ろしている。 「天使に何かあったと思われるではないか」 「申し訳ありません。自覚が足りませんでした」  席を立ち、謝罪する。  自分は名も知らぬ者から幾度も伺いを立てられるほど顔が知れているのだった。 「深誓など何処(どこ)でもできるだろう。我が家に来い、話がある」  普段の飄々とした表情でそう言うと、詩紅は返事も聞かずに正面扉に向かい歩き出した。  話など今宵も賑わう門前街で済む気がするが、重要な話なのだろうか。  いずれにせよ、こちらも昼間の寄生についてどういうことかと聞きたかった。  惑う内心の整理はついた、括達は詩紅の後を追う。 「狼波の機嫌は直ったか?」  詩紅が歩調を合わせて(たず)ねてくる。  周囲に聞かれたとして、誰も天使の事とは思わぬだろう。 「夕食は普段通り召し上がりました。精神的負荷はさほど内心に根付かなかったようです。そういう(たち)なら、この先も難儀をご自身で打開できるでしょうね」  (たと)え導護師が天使の身体を守ったとしても、恐怖や不安などによる内心の低迷は導護師には防ぎ切れない。  低迷からの再生は本人の質による、尾を引くのではと案じたが、狼波は思いの(ほか)早々に立ち直ったようだった。 「やはり導護師には祭司の経験があったほうがよいな。私などほぼ軍隊におったから、内心の機微(きび)には非常に(うと)い」  やや苦悩を(にじ)ませた詩紅の言葉は、自分を同等の導護師として見ているように思えた。  やはり自覚が足りていない、詩紅を上に見ているのだ。  祭司補佐ではあったが、宗教はまやかしと心得つつも父の代理として婚儀や葬儀に参列し、人々に寄り添いながら祝福や慰謝を()してきた、それが功を奏している。  力量や功績が不足していようが、自身の内には天使導護に必要な素質が、僅かでも確かにあると自負できる。  括達は自覚を深め、詩紅と共に神殿を退出した。
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