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その教訓は礼誓教の教義にもあり、狼波を子のように把握する事も念頭に置いていた。
自分は狼波に導護師として育てられている立場なのか。
納得がいくようでいかない。
詩紅が言葉を継ぐ。
「柳綺がな、狼波が反抗的なのは子の親に対する試し行動ではないかと言うのだ。どれ程自身が愚かでも、庇護してくれるものかと試していると」
「いや、狼波のあれは元来の性質でしょう」
試し終えたとして、狼波が温厚になるとは思えない。
「そうか? 先日の諍いから今日まで様子を見ておって、私から見てもお前達は意思の疎通が成っているように思うのだ。それでだな、話しておきたい、いや、意見を聞きたい事があった」
そこで詩紅は左手で額を押さえ、迷っているとも酔っているともつかない仕草を見せた。
すぐに顔を上げ、気難しげな表情で再び酒を口にした後、つぶやく。
「徳のない天使は、導護師に殺される。聞いた事はないか?」
酒に酔いながらそのような重大な話をするなと困惑しつつ、酔わねば話せぬ事なのかと詩紅の心情を懸念する。
徳のない天使と聞けば明確に狼波が浮かぶが、導護師が殺すなど、兎も角有り得ない。
その言葉は天使の復魂直後に押しかけた異教徒の恨み言らしい。
『天使は死人であり穢れ』
『死人に信徒の生命を委ねるなど狂気の沙汰』
『天使を直ちに自然の姿に戻すべき』
礼誓教を貶めるための決まり文句。
それらに紛れ、天使を置いても徳がなければ導護師に殺められる、極めて非道、即座に天使を祭壇から下ろせと、詩紅は扉口で異教徒を宥めている際に耳にした。
「他の者は礼誓教をこき下ろすためによくまぁそこまで言えたものだと呆れておったが、私は、自分が天使を殺すのだろうかと心配になったのだ。私は徳のない導護師だからな」
「そんな事はないでしょう」
過去を思いやや力なく語る詩紅に、括達は言葉を掛けていた。
真に徳がなければ、そのようなことは懸念しないのではないか。
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