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2 天使
万丈の間は祭壇より三層上階。
前室を二つ設けた、礼拝堂を見下ろせる高所に位置する。
主室の白い扉の前に立ち、括達は室内に声をかけた。
「括達です。入室してもよろしいでしょうか」
「お待ち下さい、こちらからまいります」
中からこもって届く声は兄、匠善のものだ。
即座に入室できないときはたいてい、天使に聞かせることのできない引き継ぎがあるか、愚痴を聞かされるか。
すぐに部屋から剛直な僧兵が退室してくる。
扉を閉めると匠善はあからさまなため息をついた。
「詩紅様があいかわらず無茶をする。大祭司が位を気にせず諫めてよいと言ってた」
「そうか」
大祭司の父が、叔母の詩紅に手間取っているらしい。
当代の導護師は十二名、交代で三名が常駐しており括達も詩紅と幾度か駐在したが、確かに彼女がいると調子が狂う。
詩紅は導護の技術を外部に公開し伝承すべきだと単独で一族に訴える、破天荒な人物だった。
そのようなことをしては神秘性が失われ機構が傾く、先祖が子孫のため築いた家督が崩壊すると一族から総叩きに遭ったが、気にも留めず意志を貫いている。
技術や地位の独占に関しては括達にも不満があるが、技術を公開すべきではないという点は一族の意思に賛同する。
まやかしと知り後ろ暗く導護をするのは、この一族だけで充分だ。
匠善は宿直中の愚痴を軽くこぼすと前室を後にする。
括達は再度中に声をかけ、万丈の間の扉を引き開ける。
ここから先は異世界だと、扉の向こうにいつも思う。
祭壇同様清廉とした乳白色の室内。
若干色あせた紺と金の調度で高貴に彩られ、天窓の採光と硝子灯にすみずみまで照らし出されている。
右手奥、西の窓辺。
天蓋のついた寝台に身を起こす天使。
衣類をまとうことを嫌い上半身になにも羽織らぬ白い肌。
歪みなく肩から敷布へと流れ落ちる白い髪。
大理石の彫刻とほぼ違わないが、膝に乗せた書物を眺める瞳は真紅。
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