2 天使

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「おはようございます」  括達は天使に向かい、深く頭を垂れる。  返答はない。  復魂から十八年意識のなかった天使を、導護師は大祭司よりも上位の人間に仕立て上げねばならない。  なによりもすみやかに人としての生活を学んで欲しいのだが、天使はことごとく導護師の言葉を聞き流した。  日々寝台で横になるか、起き上がり窓の外を眺めるか。  食事にだけは応じたが、歩いて卓に向かうこともできない。  時折声を発するが、かすれている上発音も曖昧で意思の疎通もままならない。 「おい狼波(ロウハ)、挨拶されたら挨拶で返せ」  長椅子で緊張感もなく頬杖をつく詩紅、彼女の無礼な物言いに括達は愕然とした。  狼波とは天使の復魂以前の原名だったはず。  後世へ残す書面への記載はするが、神の代理となった今使用してよい名ではない。 「詩紅様、天使とお呼びになって下さい」  僧兵服を着用している上短髪で一見壮年男性の詩紅は、括達の諌言(かんげん)を聞く態度を見せずに笑った。 「せっかく名があるのに我々が呼ばんで誰が呼ぶのか。大丈夫、狼波は気にせんよ」  気にするのは本人ではなく周囲だ。  もう一人の当直の導護師鴻雨(コウウ)は、広間中央の卓に着いて苦笑していた。  鴻雨は一族の人間ではなく幾多の功績から導護師に選定された、文武両道に秀でた男性僧兵。  括達にとって剣術の師で、父の友人。  つまるところ導護の家に所縁(ゆかり)のある人間だが、詩紅に苦言を呈することはできないようだ。
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