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「おはようございます」
括達は天使に向かい、深く頭を垂れる。
返答はない。
復魂から十八年意識のなかった天使を、導護師は大祭司よりも上位の人間に仕立て上げねばならない。
なによりもすみやかに人としての生活を学んで欲しいのだが、天使はことごとく導護師の言葉を聞き流した。
日々寝台で横になるか、起き上がり窓の外を眺めるか。
食事にだけは応じたが、歩いて卓に向かうこともできない。
時折声を発するが、かすれている上発音も曖昧で意思の疎通もままならない。
「おい狼波、挨拶されたら挨拶で返せ」
長椅子で緊張感もなく頬杖をつく詩紅、彼女の無礼な物言いに括達は愕然とした。
狼波とは天使の復魂以前の原名だったはず。
後世へ残す書面への記載はするが、神の代理となった今使用してよい名ではない。
「詩紅様、天使とお呼びになって下さい」
僧兵服を着用している上短髪で一見壮年男性の詩紅は、括達の諌言を聞く態度を見せずに笑った。
「せっかく名があるのに我々が呼ばんで誰が呼ぶのか。大丈夫、狼波は気にせんよ」
気にするのは本人ではなく周囲だ。
もう一人の当直の導護師鴻雨は、広間中央の卓に着いて苦笑していた。
鴻雨は一族の人間ではなく幾多の功績から導護師に選定された、文武両道に秀でた男性僧兵。
括達にとって剣術の師で、父の友人。
つまるところ導護の家に所縁のある人間だが、詩紅に苦言を呈することはできないようだ。
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