2 天使

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「だからな、今日は書物を与えてみた。朝食後ずっと眺めておる。眠りの間、聴覚は機能していても視覚は機能していなかった。視覚に訴えれば反応がある、進展しただろう」  優先すべきは会話で、意思を疎通させること。  しかし天使は一人の世界に没頭している。  これでよいものなのか。  詩紅は唐突に天使の元に歩み寄るとその手から書物を取り上げた。 「同じ物を一体何度読んでおる。卓の上に色々とそろえてあるぞ、見たくはないか?」  天使が顔を上げる。  つくりは神そのものと言ってよいほど美しいというのに、眼差しは感情が見られず徹底的に無慈悲なもの。  静かに取り上げられた書物に目をやり、卓に顔を向ける。  天使の視界に入った鴻雨が慌てたように立ち上がり、書物に手を伸ばした。 「お持ちしましょう」 「いや、いい」  詩紅はそれを止めた。 「欲しいなら自分で取りに行け。もしくは取ってくれと鴻雨に(たの)め。頼んだ場合なにを持ってくるかわからんぞ、つまらん書物かも知れん」  歩けぬし話せぬのにまた詩紅は無茶を言う。  しかし詩紅の言うことは道理にかなっている。  この天使は日々なにもせず高貴な寝台で横になり、食事も導護の者の手を借りて、生きるという難題をすべて他人に背負わせている。  天使としての務めを果たしているのなら自分も喜んで手を貸すのだが。  天使の身体機能維持のため覚醒前の天使の四肢に初めて触れた日、あまりの崇高さに圧倒された。  礼誓教はまやかしなどではないと、真の神に(つか)えることができて光栄だと思いがけず感嘆した。  それが。  今では、自分はなにをしているのだろうという空虚な気分にさせられる。  苦心して(ほどこ)した身体動作の介助も生活にまつわる教育も、天使が生きることを放棄するのではなんの意味もない。  あきらめるのか、聞き取れぬ声で依頼するのか、静観していると天使は、寝台の(ふち)に手をかけた。 「取りに行くか、そうか。括達、手伝ってやれ」
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