暗がり列車

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 ゴトン。  久藤は姿勢を低くして走り、1両目と2両目の連結通路のすぐ傍の角転がり込むと、素早くしゃがみこんだ。  ぴちゃ、ぴちゃ...。ぴちゃ、ぴちゃ...。  不快な水音の間隔が、徐々に短くなっている。もうすぐそこだ。ここに走り込む前に、彼は既に確認していた。2両目の先頭で、あの不定形の化物が不気味に蠢く姿を。人の形をしているのに、決して人とは呼べないあのを。久藤は毛布にくるまり、静かに息を沈める。  犬のように、猫のように、雀のように、鼠のように、虫のように。限りなく小さい生き物を想像して、細く、短く息をする。それが実現出来ているかどうかは別だが、そうイメージする事が何より重要だった。  ぎ、ぎぎ、ぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいい。  やがて金属同士が擦れ合い、耳にこびり付く鈍い音が1両目に響き渡った。奴だ。入って来た。あの化物は、律儀にも扉を開けて1両目に入って来た。  ぴちゃ、ぴちゃ。ずる、ずる。ぴちゃ、ぴちゃ。ずる、ずる。  毛布に完全にくるまっている久藤には、その姿は見えない。だが、彼は明確に感じていた。耳の奥にいつまでも残る粘ついた水音を垂れ流し、その体躯を地面にこすりつけながら進む情景が、ありありと頭に浮かんだ。  。  その圧倒的存在は、容易に彼を恐怖の沼へと引きずり込んだ。ぐっと閉じた口の中で、歯がカチカチと震え音を発している。それを嫌った久藤は歯の間に唇を挟み、強く噛み締めた。  じわり、と温度のある液体が口の中に広がる。
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