暗がり列車

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 彼の右頬には、15が縦にスラッと伸びていた。その傷に血の滴る生々しさはないが、白い筋となってくっきりと残っている。  それは、彼がこの業界に入って3年目の時に起こった。  とある暴力団関係者に取材をしていた際、言葉遣いを誤り失言した久藤は、ほとんど抵抗する間もなくドスで頬をパックリと切り裂かれた。その痛みと溢れ出る血に恐れ(おのの)き泣き喚く彼を上司が(かば)わなければ、彼は既にこの世を去っていたであろう。  久藤は頬の古傷を指でスッと撫でる。その時からこの業界ではいつ何があってもおかしくないという事を、彼はその身を持って理解したのだ。  それに比べれば湯気の立つコーヒーをかけられるなど、まぁ可愛らしいものだ。それくらいの気概がないと、こんな仕事はやっていられないのだ。
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