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「今から言うことは、別に信じなくてもいい。でも、本当のことだから」
「え?」
「ちなみに、頭がおかしくなったわけでもない。おかしなことは言うけど」
「は?」
山下君は素っ頓狂な声をあげながら、困った顔になる。そりゃそうだ。私が逆の立場でもそうなる。
ここで適当に誤魔化すことは、たぶんできる。でも、そうしないでおこうと思った。それは……やまない雨が気になるから。不機嫌そうな顔になっても、素っ頓狂な顔になっても、山下君の頭上には、変わらず雨が降っている。
「私さ、ある日突然、変な力を身につけちゃって」
「……意味がわからない」
「だよね。私もそうだし。でも、とりあえず聞いて」
「……」
山下君が黙り込む。ひとまず話を聞いてくれるらしい。私は一息つき、後を続けた。
「このクラス限定なんだけど、皆の気持ちが見えるようになったの」
山下君の目が大きく見開く。でも、口は出さない。かろうじて堪えているようだった。なかなか律儀な性格だ。
「どうやって見えるのかっていうとね、頭の上に、天気が現れるの」
目を細め、益々眉間に皺が寄る。うん、痛いほどに気持ちはわかる。
「すごく楽しいって気持ちだと、清々しい青空が広がってるし、すごく動揺していると、今にも嵐がきそうな雲行きが見える。不安や心配をしてると、今にも雨が降りそうな天気になってたりね、とまぁ、いろいろ見えるわけ」
「……このクラス限定なのは、どうして?」
「さぁ? それは私にもわからない。ある日突然発症したから、ある日突然消えるのかもしれない。私にも全然わからないの。でも、見えるものは見えるんだからしょうがない。受け入れるしかないよね」
「……すごいね、久住さん」
いやいや、すごいねと言いながら、顔は呆れてるよ? 山下君の気持ちもわかるけどさ。
でも、動揺して騒いだってどうにもならない。どうしてこんなことになってるのかわからないけど、もしかしたらこれに何か意味があるのかもしれないじゃない?
そう言ったら、山下君はフッと表情を和らげ、笑った。
あ、いつもの顔とは少し違う。もしかして、こっちが本当の笑顔?
私はそれを確信する。だって、彼の頭上の天気に初めて変化があったから。雨脚がほんの少し……和らいだ。
「自分の身に起こった出来事を、そんな風に受け止められる久住さんって……強いな」
「……お気楽なだけかもしれないけど」
「それもあるよね」
「……」
何気にディスられた。
私がジロッと軽く睨むと、山下君がまた笑った。そして、また雨が穏やかになる。
あれ、もしかしたら……この雨、やむ? やませることができる?
「じゃあ、僕の頭の上にも、気持ちを表す天気が出現してるんだ?」
「うん」
「いつも、それを見てるの?」
「うん」
「なんで?」
これが話の核心だ。私の喉がコクッと鳴った。
「顔は笑ってるし、楽しそうなのに……山下君の頭上には、いつも雨が降ってる」
「……」
「ずっと雨なの。ずっと……やまない」
しばらくの間、私たちは黙りこくる。聞こえるのは、グラウンドで部活をしている生徒たちの声、そして、時を刻む時計の針の音、そして、お互いの呼吸だけ。
「久住さんには……誤魔化せないんだな」
ポツリと呟く山下君の声で、その沈黙が破られた。
「ごめんなさい」
山下君はたぶん、隠したかったんだ。誰にも知られたくなかった。なのに、私が変な視線を向けてしまったものだから……。
でも、山下君は小さく首を横に振った。
「謝らなくてもいいよ。……そうだな、本当は誰かに話したかったのかもしれない。誰かに……聞いてもらいたかったのかもしれない」
山下君は遠い目をしながら、窓枠にもたれかかる。そして、ポツリ、ポツリと話し始めた。
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