1/1
前へ
/6ページ
次へ

「──幸せって、何かしら」 「何だよ、急に……」  苦い言葉を挟む私に、妻は「確かにそうねぇ」と同意する。  酷く、暑かった。  視界の中は、見える範囲全部真っ赤で染まっている。私の目がおかしいんじゃない。世界が、赤くなっているのだ。  地獄みたいな荒野を、私達は二人でずっと何日も歩いていた。目的地は当然ない。なんたって、もう世界は滅んでいるのだから。  度重なる戦争で世界は滅んだ。この世界で生きているのはもう私達二人だけだった。  世界の終わりで、灰が降る。  喉が酷く乾いていて、何もしなくても肌が焼けていった。私と同じ境遇である妻は、その鈴音のような声をもう失っている。 「君はさ……幸せってどんなものだと思うんだ? 例えば、あと五分で世界が変わるとして、それがどんなものなら満足できる?」 「あら、結局その話題になるんじゃない」 「いいだろ、別に」 「そうね……、そう言われると難しいわ……。衣食住があるとか、そういう言葉だけじゃ駄目な気がするもの」 「人に殺されないとか、人を殺さなくてすむとか?」 「そうね、それはそう。でも、何だかやけに具体的で受け身な例えね……。それが、あなたにとっての幸せなの?」 「私は……」  違う。 ──もしも ──願いが一つ叶うなら、  いつか聞いたような、そんな言葉を思い出す。思い出した、のかは分からない。それが本当の事かは定かじゃない。  きっと、皆何かが足りないから願うんだ。でもそれなら、私が誰かに願ったなら、その時その瞬間に私は幸せじゃなかったんだろうか? でも、何がそれが何なのか、何故なのか分からない。  いや、答えなんて本当はもうとっくの昔に出ているのかもしれない。  その答えを言葉にかえる前に、私達の近くの地面が割れる。割れた地面から、火が噴き出した。  声を上げる暇もなかった。瞬く間に私達の周りは火の海に呑まれる。 火に巻かれた妻が倒れるのとほぼ同時に、私も真っ赤な地面に倒れ伏す。すぐ近くで肌が焼けこげる音がした。  最期の力で腕を妻の方に伸ばすと、妻も私の方に手を伸ばしていた。溶けかけた手と手が僅かに重なる。 「次は……幸せになれるかしら」  今にも泣きそうな目をして、妻が言う。 「……次なんていうなよ」  言葉ではそう言いながら、私はどうしようもなく何処かで次を望んでいる。  少しずつ体が溶けていく。  口はまだ、動かせそうだった。何か言いたい言葉があったような気がする。それが何だったか、思い出せないまま死んでいく。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加