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「──もうずっと、願いの中を彷徨っているんだ」
「なあに、それ」
私の言葉に、妻が鈴音のような声で可笑しそうに笑う。
そんな妻の背中には翼が生えていた。純白の翼は妻によく似合う。今、私達は空が飛べる。
そこは大空の上だった。
今日は晴天だから、下の景色がよく見える。眼下には、人間達が住んでいる街が見えていた。私達は天界に住む天使なのだ。私達の楽しみは、下に住んでいる人間達の生活をコッソリ覗き知ることだった。
遠くの方では同じ様に下の方を物見遊山している天使達が見えている。
眼下に広がる街の中からいつだったか見たことがある気がするカフェを眺めながら、妻に今まで見てきた夢の話をする。
妻は、首を傾げて笑った。
「あら、不思議な夢ね。あなたは今でも夢を見ているってこと?」
「そうなんだ。多分、高帽子に願いを叶えてもらってね」
「変なの。夢を見ているのに叶えてもらったっていうことに何故なるの? それに、あなたの話す夢はちっとも幸せじゃなかったわ」
「幸せを探しているんだと思ってたな。これが幸せな世界探しなら、きっとこれで叶ったことになるんだろう」
「そうねぇ。この世界はとても幸せだもの。でも、あなたは現実に帰らなくていいの?」
「いいさ、もう。地獄にだって落ちていい」
願いが叶うなら。
それに、高帽子に願いを叶えてもらう世界が現実である必要が何処にある?
この夢が、現実でもきっといい。ここが五分前に作られた世界でも、どうせ誰も気付かないんだから。
「思うんだ。今まで見てきた世界だって、全部私の祈った願いが叶った夢なんじゃないかって。私はね、多分どの世界でも幸せだったんだよ。もう、願いは叶ってるんだと思う」
「そうかしら。さっき言ったことと矛盾していない?」
「そんなことないさ。必ずあるものだけが、願ったものなんだ。幸せの条件なんだよ」
「あら、それはなに?」
本気で不思議そうな顔をする妻の質問に、私は何も答えない。私が黙っているものだから妻は膨れる。
ふと、下のカフェのテラスに夫婦らしき二人が座る。同じ様にそれを見ていた妻が顔を上げて、私の方を見た。
「ねぇ、私の事好き?」
私はもう、妻の言葉に苦い言葉は返さない。
「──どんな君でも好きだよ」
すました顔でそう言うと、妻は「まあ」と顔を赤らめる。
そんな私達の上から降るはずのない、隕石が降ってくる。
次はどんな世界だろう。そんなことを思いながら、私は最期の言葉は何しようかと考える。
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