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「──例えば私が五分後、猫になっていてもおかしくないと思うのよ」 「何だって?」  思わず聞き返した。ボンヤリしていたのだろうか。前後の会話がどうにも思い出せない。  向かい側で澄まし顔でコーヒーを飲んでいた妻が、私の目を見た。ドキッとした。一瞬、その目が私を見ずにその向こう側を見ているような気がしたのだ。  しかし、妻は何事もなかったように顔を少し傾けて、鈴音のような声を響かす。 「あら、聞いてなかったの? じゃあ、初めから言うわね」 「どうしてもその話はやめないんだな……」  いつも通りの妻の様子に何故か妙にホッとする。一度苦いセリフを挟む私に、妻は笑う。 「だからね、世界があと五分で変わるようなこともあっていいと思うのよ」 「ちょっと待ってくれ。それホントに初めか?」 「世界五分前仮説って知ってる?」 「……思考実験?」 「そう。あれよ。世界は五分前に出来たんじゃないかってやつね」 「知ってるけど……。何で」 「だから、五分前に世界が生まれた可能性があるなら、五分後に世界が書き換わる可能性もあると思わない? でも、誰もそんなこと気付かないし気付けようがないってこと」 「まあ……、確かにそんなこともあるかもしれないな」  私がそう言うと、妻は満足そうに頷く。 ──もしも  何かを、思い出し掛けた気がした。  違和感。ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。どうしてかは分からない。  妻の仕草が、辺りに響いた蝉の声が。どうしてか私の知っているものではない気がする。 「それより──」  辺りを見渡す。そこは、カフェのようだった。私たちは今、真夏だというのにカフェのテラスで向かい合ってコーヒーを飲んでいる。 「私達は、どうしてここにいるんだったかな」 「あら、あなた何も覚えてないのね。今は、中学生の頃の同級生の結婚式の帰りじゃない。あなたからカフェに入ろうって言ったのでしょう?」 「そう、だったな」  そうだった気もする。 「誰が結婚したんだっけ?」 「それも覚えてないの? よく中学の頃三人で遊んでたでしょ? ──くん」  妻の言ったその名前に、私は聞き覚えがない。忘れているのだろうか。  いや──。 「……何を、言ってるんだ。まず、そんな訳がないだろう」 「どうしたの?」 「──私と君は、同じ中学ではない」  違和感。私の言葉に、妻は何も言わず微笑む。 「後、五秒」  唐突に、妻がそう言った。それが、不吉に予言めいて響く。  次の瞬間に。後ろからつんざくような車のブレーキ音が聞こえた。
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