プロローグ

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プロローグ

「あぢぃ〜〜」  唸る熱気の中、口癖のように呟かれる。  七月。夏本番と言わんばかりの熱気は教室内で縦横無尽に駆け巡る。いまどき、エアコンも付いてないとはどれほど低予算な学校なのか…。それとも、俺たちを苦しめるためにわざと付けていないのか…。そんなわけがないと気づきながらも、くだらない思考が無駄に激しく、脳裏で活き活きと生まれ出てきてしまう。  休日であるはずのこの暑い日に、なぜ学校にいるかというと、いわゆる部活というものが原因ではあるのだが、勉強をしにやってきたと言った方が答えとしては正しい。  だが、こんな暑い教室で勉強が捗るはずもなく、未だにノートは埋められず終いだ。斜め前方には友人がいるのだが、そいつは滑らかな筆捌きでノートを埋めていた。 「なぁ、お前って漫画とか、アニメとか好きだったよな?」 「え?あぁ、そうだな。それが、どうした?」 「いや、そういうやつの美術部ってどんな感じなのかなって」 「そうだな。自由な感じなんじゃね?コンセプトにもよるけど、真面目に美術やってる人間が美術部だけで絵を学ぼうとはしないしな」 「なるほど」  そういう話を聞きたかったわけではないのだが…。 「じゃあ女子はどんな感じ?男子もいるの?」 「そりゃ、可愛い子がいっぱいいて、一人の男子がモテモテってのがセオリーだな」 「そうかー、じゃあ…」  俺は視線を前方に向け、ある集団を見つめる。 「なんで、俺たちの美術部はこんなにクオリティが低いんだろうな」  楽しそうに談笑している、個性的な面々を細めではっきりとは見えない程度に確認していく。 「それはつまり…。ここが『現実』だから、じゃないか?」 「ふ、現実は残酷だな」 「そうだな、ちなみに2次元だと吹奏楽部も美男美女集団になってるぞ」 「…、現実は残酷だな」  俺、倉野祐一(くらの ゆういち)は南中学校二年で美術部に所属している。部活なんて出来ればやりたくはないが、今後のことを考えるとこういうことを話題にできるのは強みだと、どこかの教師が言っていたのでとりあえずで入部している。  そして友人のこいつは、中西冬馬(なかにし とうま)同じ美術部に所属しており、中学で初めて知り合い仲良くなった。  灼熱の教室、ラブコメなんて起きるはずの無いような面々と過ごす夏の日。青春のようで青春とは程遠いこんなことをしていて本当に良いのだろうか。 「ところでお前今どこやってんだ?」  立ち上がり、冬馬の手元を覗き込むとそこには美少女がいた。 「気持ちわる!」 「なんだよ!エリカちゃんは一生押し続けると心に決めた永遠の高校生アイドル。馬鹿にしてんなら他の誰が許しても、俺が許さねぇ」  何その少年漫画みたいなセリフ…。厳密に言えば、後半だけだが。 「悪かったよ、お前も勉強してんのかと思ったからさ」 「過ちは誰にでもある。正直に謝罪すると言うなら許してやらんでもない」  冬馬は慈愛に満ちた笑みを向けそう言い放った。一体誰なんだよ、お前…。 「それはそうとして、今日あいつ来ねぇなら帰って良いか?」 「別に好きにすれば良いんじゃね?強制してる訳じゃないし」 「お前は知ってんだろうが、あいつ俺がサボると担任にチクんだよ。マジ面倒くせー」 「そりゃ、日頃の行いだろ」  …、何も言い返せない。だが、断じて俺はやんちゃボーイとかヤンキーとは全く違う人種であることは知っておいてほしい。ちょっと悪い友達を持っただけなんだ。それだけなんだぁ!  無意味な言い訳はともあれ、面倒な説教は出来るだけ回避したい。 「美術部に美少女でもいれば毎日通ってやるのにな」 「そりゃ、捨て去るべき希望だな。だがまぁ、藤木とかは可愛い方じゃないか?」  藤木佳奈(ふじき かな)。美術部の同級生で、次期部長になりそうなやつだ。完全に主観的な見解だが。 「いや、無いだろ。あいつなんかいろんなやつに声かけてるみたいだぜ。惚れ易いのかなんかは知らんが、大人しそうに見えてあれでビッチなんだよ」 「お前、捻くれすぎだろ」 「ありがとう、よく言われるよ。実は巷で噂の捻くれ紳士ってのは俺のことだぜ」 「褒められてねぇし、巷で噂にもなってねぇし、仮に呼ばれてたとしてもそりゃ悪口だ」 「冗談に決まってんだろ。まぁいいや、俺先帰るは、眠し」 「おぉ、お疲れさん」  俺は結局一切進捗の無かったノートたちを鞄に押し込み、出口へと向かい扉の取手に手を掛けようとした瞬間、扉が開かれた。 「あら、どこに行こうとしてるのかしら?」 「あ、いや。ちょっと、お花を摘みたくて…」  想定外のタイミングで顧問が出現したことにより、動揺してしまった。 「そう、じゃ手短にね」 「はひ…」  その後、結局時間いっぱいまで部活をこなすことになったのだった。 中学生あるある:1 教師間の情報共有率はほぼ一○○%に達しており、その共有速度は学生には計り知れないほど早い。
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