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Prologue ~蕾~
母親に抱かれた赤ん坊は機嫌よく笑っていた。
栗色の産毛はふわふわと揺れ、頬はつやつやと赤く光っていかにも健康そうだ。
女は寄り添って座る若い夫婦に目をやり、ヴェールの下で微笑んだ。前にも見たことがある二人だ。初めての子ではないのだろう。
兄か、姉か、あるいは両方か。まだ幼いであろうその子も、いつかここに来たはずだ。
そして、祝福を受け取った。
この国のすべての赤子が、そうであるように。
女は赤子を見つめる。つぶらな薄紅色の瞳が、ふと女を見上げてきた。
視線を合わせると、何かが弾けたような音がした。
夫婦にも、もちろん赤子にも分からない。これは女にしか見えない、「発芽」の音だ。
ぷつ、ぽつ、ぷつり、ぽつぽつ。
小さな泡が弾けるような音は、いつしか部屋全体に広がっていく。
おびただしい数の芽が、赤ん坊を取り囲むように顔を出し始めた。細い茎が天を目指し、葉を手足のように広げ、いくつものつぼみを結んでいく。
女は待っている。
最初のつぼみが花を開くまで、ただ、じっと見つめている。
やがて、一つの小さなつぼみが遠慮がちにほどけた。
花びらは五枚。色は、白と紅のまだらだ。
一つが開くと、隣も開く。一本の枝に、明かりが灯るように花が連なっていく。
女は笑みを深めた。
おびただしい若葉と若枝に包まれた赤ん坊に、そっと両手を差し伸べる。
咲いたばかりの花たちが、ふうわりと宙に舞い、女の手の中に治まる。
その形を、色をしかと確かめて、女は口を開いた。
「読めました」
若い夫婦にかすかな緊張が走った。
赤ん坊は相変わらず、にこにこと嬉しそうに笑っている。
「この子の『花』は――」
彼らの目には見えていない「花」が、待ちきれないといった様子で揺れる。
その花の名を、女は告げる。
さあ、祝福の刻だ。
願わくば、新たな命に、妖精王の祝福がありますように。
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