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どこからどう見ても綺麗な真円のように、彼女はつまり「完璧なお嬢様」。
黒髪ロングの生徒会長か委員長的な優等生が漫画かドラマから出てきたみたいに可憐に微笑んで、教養を匂わせる落ち着いた話し方。
意地悪なやつからの「あんたさ」「お前さ」も「ごめんなさい、でも」と相手を貶めることなく非の打ち所がない反論で、相手は舌を巻いたまま逃げ出す。
座れば立てばなんて花に例えるのも、花が恥じらうほどに。動きの全てが額に収めて申し分ない。
スポーツだって遅れを取らない。踊るようにボールと人を翻弄するようなバスケのステップを見ると有料じゃないのが悔やまれる。
誰も立ち入れないバリアみたいなお嬢様オーラがあるのに、そのバリアから、か細くて白い腕、指先が皆を招くから、誰もが彼女に近付けて、それがまた鼻高々な気分。
私も彼女の取り巻きとしてうろうろしていた。
彼女の神聖な真円のバリアはどこから見ても「完璧」。
「でも」とは、よく彼女が始めに使う言葉で、その後に続くことが大概、的を突き破って真実なのだけど。
「完璧」「でも」本当にそうかな?
私は少しひねくれている。群れに付いていかない羊みたいな、いい加減な奴。盲目的な迷える子羊の方が、導いてもらえて幸せなのに。
円をぐるっと回ってみる。
彼氏はいない。いたところで円が歪むものでもないだろうけど。交際していたと言う男子もいたけど速やかに口を封じられていた。彼女は預かり知らない所で、屈強な警備隊を雇ったのかもしれない。
家庭や両親にも変なことはないらしい。大企業の社長令嬢、その企業もホワイト。白は汚れやすいけど、だからこそ憧れる。ちなみに私のお父さんの勤務先なので頭が上がらないし足を向けて寝られない。
傍から見たらやっぱり真円。
じゃあ、内から見たら?
「真中さん」
取り巻きがいない昼休みの刹那、洗面所の鏡の前。彼女を目の前にして、実際に話しかけたことはこれで2回目。自分からバリアに向かっていくのは皆臆する。高嶺の花に向かう挑戦心だけでも表彰ものだ。
「どうしたの?淵見さん」
あろうことか彼女はほとんどの生徒の顔と名前を把握している。きっと豪奢な記憶の宮殿にお邪魔してみたい。
「真中さんは自分の駄目だなって思うとこある?」
唐突にして甚だ失礼な私の質問に、彼女は目を丸くして小首を傾げた。彼女のそんなイリオモテヤマネコな表情が見れただけでも、今日は記念すべき日として毎年パーティを催すべきだ。
私の心臓はかつてないほどに血液を受け止めては送り出すことに必死なっていて、もはや過労で必死なほどだった。ちらりと鏡で見た自分の顔は真っ赤で、爆発寸前の明滅する爆弾みたいだった。
「あるよ。たくさん」
彼女は困ったような照れたような表情で答えた。その目映い一瞬を写真ではなく、脳内にしか留めておけないのは至極残念極まりない。
「た、例えば……?」
これ以上の無礼が許されないとは分かっていも、真円に踏み入らなければ見えないものがある。
「え……うーん」
彼女はいじらしく目を逸らし、ポケットに手を入れた。
「これ、とか」
おずおずと取り出したのは薄い桃色のレースハンカチ。
「これは……?」
私は可愛らしいハンカチと彼女の組み合わせに、くらくらと落ちていくようだった。
「これ、実は昨日のなの。洗濯し忘れててそのまま持ってきちゃって」
サッとハンカチをポケットを戻すと、頬を赤らめた。
血液が沸いた、と思わせるほどの興奮に浮足立ち、膝から崩れそうになる。
「案外ずぼらなんだよ?皆『完璧だ』みたいに言うし、私もできる限り頑張ってはいるけど」
彼女のその言葉は、焼け石を海に放り込んだ。
興奮がスッと引いていく。頂からの絶景を見た感動と下山への心構えのようだ。
彼女はじっと私を見る。見透かされるような目。
「それにしても、どうしたの?罰ゲームか何か?」
断罪の時間だ。生きて帰れたら心臓には後で栄誉賞を授けなければ。
「違って……私がただ気になって……」
私は息を飲む。酸素が足りない。
「真中さん、いつ見ても完璧だなって、思ってたから、それを確かめたくて……。えっと」
諦観に締め付けられた。言いたいことを言おう。
「実は、安心した。真中さんも完璧じゃないって分かって。うん……何でだろう。自分でも変なんだけど、安心したみたい」
ハハッと口の中が乾き過ぎて不気味な笑いが出てしまった。
「それは……良かった、のかな?」
彼女は笑顔だったが、いつもの上品なものではない気がした。
「ええと、ごめんなさい。変なこと聞いて」
「いいよ。代わりに、淵見さんも教えてよ」
「えっ、駄目だと、思うとこ?」
「そう」
「それは、もう……たくさん」
「例えば?」
「ぅえ……こう、上手く話せないとこ……」
「駄目かな?話せてるよ」
「真中さんみたいに上手くはいかない……」
「それは、コツがあるから」
「そ、それ、知りたい」
「それは秘密。大丈夫、何とかなるよ」
「えっ、そんな投げやりな……」
「ふふ、言ったでしょう?そういう性格なの」
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