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「――とりあえず、車行くぞ」
言って、私を抱きしめていた腕をほどくと、代わりみたいに手を引いて、奏芽さんが歩き出す。
私はそんな彼の背中をじっと見つめながら、小走りで付き従って。
いつもの奏芽さんなら、私の歩幅なんかを考えてもう少しゆっくり歩いてくれる。
でも、今はそれどころじゃないのかな。
ちょっと走らないと付いていけないくらいの速度で、グイグイ私を引っ張って歩くの。
そんな私たちの動きをいくつもの好奇の眼差しが追ってきたけれど、私、不思議とそれが気にならなかった。
というより……奏芽さんの言葉と、日頃とは違う雰囲気に気圧されて他のことが考えられなかった、というのが正しいかな。
***
奏芽さんに助手席のドアを開けてもらって恐る恐る車内に乗り込みながらも、視線は片時も彼から外せない。
車内はさっき嗅いだ奏芽さんの香りでいっぱいで、いいにおいだなって思うのにソワソワと落ち着かなくて。
緊張しすぎてうまくシートベルトの留め具がはめられなくてあたふたしていたら、運転席に乗り込んできた奏芽さんが無言で留めてくれて。
「あ、りがと……ございます」
って言ったら「おう」って視線を向けないままに返された。
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