1547人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんで私の名前……」
言って、キッと睨みつけるように見上げたら、「だってノートにフルネーム書いてあるんだもん」
悪びれもせず、足元に落ちた鞄から覗く大学ノートに視線を落とす。
「みっ、見ないで!」
勝手に女性の荷物をじろじろ見るとか最低!
思ったけれど、鞄の口を閉じておかなかった私も悪い。
「今時持ち物にフルネーム書く女子大生がいるとか驚きだわ。ルーズリーフじゃなくて大学ノートなのも凜子ちゃんらしいし」
ニヤリとされて、私は一気に顔が熱くなるのを感じた。
子供の頃からずっと、そうあるべきだと母親から言われ続けてきた習慣がなかなか抜けなくて、友達に笑われることが沢山あった。
この記名癖なんかにしても、そう。
「お下げがトレードマークっていうのも俺的にはかなりツボなんだよね。ねぇ、凜子、お試しでもいいからさ、俺と付き合ってみない?」
言われて、手首を離れた彼の手が、代わりに三つ編みの毛先をくるくるっと指に絡めてきて、私はとうとう我慢できなくなって眼前の男を突き飛ばした。
髪の毛が一瞬彼の手に引っ張られて痛かったけれど、大したことじゃない。
気安く呼び捨てされたこともこの際、目をつぶろう。
「とっ、鳥飼さん、ハウス!」
彼の勤め先の小児科が入っているビルの方角をビシッと指差すと、私は足元の鞄をサッと拾い上げてバス停に向かって一目散に駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!