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そんなのとっくに分っていたはずなのに、認めたくなくて顔を背けていた。
そのことを自覚した途端ドキドキが止まらなくなる。
このままじゃ、倒れてしまいそう。
ソワソワとした気持ちで、思わず奏芽さんから視線をそらして腿の上に載せた手をモジモジさせていたら、
「――じゃあさ、和懐石とかどう?」
不意にその手にぽんぽん、と優しく触れられてビクッと身体が跳ねる。
奏芽さんは私の手が緊張で冷たくなっているの、気付いているだろうにそのことには何も触れずにいてくれた。
それがとても温かくて有り難くて。
ああ、これが大人の男性の魅力なのかな?って思ったの。
***
「高校時代の友人がさ、一人で切り盛りしてる隠れ家的な店があんだよ」
奏芽さんが、静かな声音で提案してくれる。
低音の、うっとりするようないい声。
声までかっこいいとか……ホントずるい。
「俺のとっておきの店のひとつなんだけど」
私の胸の高鳴りなんて知らぬげに話を続ける彼だけど、つむがれる言葉の内容に私はますます動揺させられる。
今まではひとりで行くばかりで、誰かを連れて行こうと思ったことはないのだと付け加えてから、「変だろ? 凜子ならそこ、連れてってもいいかなって」とか……嘘でしょ?
「あの……それ……本当なんですか?」
奏芽さんに包まれたままの手をギュッと握りしめて彼の方を見たら、私を見詰める切れ長の目とカチ合った。
そのことにドキッとして、でも私は視線をそらさない。
「本当だ。――行けば分かる」
奏芽さんは私の手に載せていた手に、信じろ、って言うように1度力を込めてから、にやりと微笑った。
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