大嫌いな常連客

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「本気でイライラするんで、話しかけないでもらえますか? 私、あなたみたいに暇じゃないので」  ショルダーバッグの持ち手を、ギュッと力を込めて握ってから、声を低める。  威嚇、ほどではないにせよ「不機嫌です!」って気持ちを全面に押し出せた声だったはずなんだけど。  あろうことかバカ男はしゅんとして引き下がるどころか、私の頬をギュッとつまんできて。 「にゃっ、にゃにひゅるんでしゅか!」  口角が持ち上がるようにギュッと口の端を持ち上げられて、抗議の声が悲しいくらい間抜けに聞こえてしまう。  悔しいっ!  忌々しい手をさっさと払い除けてしまおうと、私の頬に伸びた手を掴んだら「キャッ! 凜子(りんこ)ちゃんったら男の手をつかむなんて大胆っ!」って。  いきなり女の子のほっぺたをつかむような人に言われたくありませんっ!  彼の手に載せた指先にギュッと力を込めてキッと睨みつけたら、「だって凜子ちゃん、怖い顔してるからさ。笑った方が絶対可愛いのに勿体ねぇじゃん?」って。いきなり真顔で顔を覗き込んでくるの。  そういうの、本気でやめてもらえませんか?  この人の、こう言うことがサラリとできてしまえるところ……ホント卑怯だなと思う。  私をぐちゃぐちゃにかき乱すそういう言動の数々、大っ嫌い。  私は基本的に異性に対する耐性が、ものすごく低いの。  なのにこの人の過剰なまでの距離感のなさは、私には毒にしか思えない。  小さい頃からずっと地味子できたから、異性と話したことなんて数えるぐらいしかないの。  だからお願い、そっとしておいて?  私が気負わずにおしゃべりできる男の子はたった一人だけなんだから。  そこでふと、今は何だか少し気まずい雰囲気になってしまっている幼なじみのお兄さんの顔が思い浮かんで、私は思わずうつむいた。
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