大嫌いな常連客

12/15
前へ
/615ページ
次へ
「……奏芽(かなめ)さん。私の前にいるのは鳥飼(とりかい)奏芽さんです。――これでいいですか?」  面倒くさいけれど、チャランポランで基本理解し難い鳥飼奏芽という男の、ちょっぴりだけど自分にも理解できる部分を発見できた私は、名前ぐらいは彼の望み通りに呼んであげてもいいかなと思った。  ムスッとしたままの彼――奏芽さん――が、ようやく私の髪の毛を離してくれてホッとする。 「で、さっきの続き。誰のこと考えてた? もしかして……前に俺の目の前で電話した相手?」  わー、まだそれ言うんだ。結構しつこーい。しかもあんな電話のこと覚えてるとか……少しびっくりです!  私は彼の目をまっすぐ見返すと 「奏芽さんには関係ありませんけど――」  キッパリそう言って、フイッと背中を向けてやったの。  そんなことよりも、今の私にはどうやって大学へ行くか?の方が重要なの!  あなたにはお休みでも、学生の私にとっては普通の日なんだと、いい加減気付いてもらえませんか? 「何だよそれ……」  なのに。背後からの不満たらたらな声に、言わないといつまでもしつこそうだなって思い直した私は、振り返らないままに「そう、前話した電話の人! 私の初恋の人です。奏芽さんも会ったことあるでしょ!?」って答えた。  ゴム返すとか何とか言って私とのぶちゃんの間に割り込んできたじゃない。  結局色々あってゴムは返してもらってないけど……。  でもそのせいで私、色々悩んだのよ?  これで満足ですか?  ちゃんと答えたんだからもういい加減解放してください。  そう続けようとしたら、後ろから包み込むようにギュッと抱きしめられて、思わず言葉に詰まった。  えっ。  ちょっ、な、なにっ。  奏芽(かなめ)さんの長めの髪が頬をかすめた途端、ふわりと彼が使っているらしいシャンプーの香りが鼻先をくすぐって、それが妙に心をざわつかせた。  てっきり如何にも香水ですっていうマリン系の香りとかそういうのがこの人には似合うと勝手に思っていたのに、まさかの柑橘系の香り。そのギャップにもドキッとさせられてしまう。
/615ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1547人が本棚に入れています
本棚に追加