大嫌いな常連客

15/15
前へ
/615ページ
次へ
 何?と不審に思ったのも束の間。  私はすぐに驚きの声を上げてしまった。 「うそっ。最近って、アプリでタクシー呼べちゃうのっ!?」  タクシーといえば道路を流しているのを運よく捕まえるか、タクシー会社に電話して指定した場所まで来てもらうか、駅前なんかの決められたスペースに停車してるのを捕まえるかするしかないと思っていた私には余りにも未知の世界で。  思わず彼の見せてくれた画面に顔を近づけて嘆息してしまう。 「凜子(りんこ)、口開いてるぞ?」  知らないことだったから、思わず気が抜けて無防備になってしまっていたみたい。  奏芽(かなめ)さんに大笑いされて、私は慌てて口元を引き締めた。  っていうか、さすがに口なんて開けてなかったわっ!  キッ!と彼を睨みつけてから、そこでふとあることに思い至ってにわかにしゅんとなる。 「せっかく呼んでもらったけど私……」  タクシーなんて贅沢なもの、お金が勿体なくて乗れない。でもそんなの、さすがに恥ずかしくて言えないよ。  なんて続けたらいいのか分からなくて言葉に詰まった私に、 「あ、言い忘れてたけど。もちろん、俺も一緒に乗るから」  まるで私の戸惑いを払拭するような勢いであっけらかんと当然のようにそう言われて、私は思わず奏芽さんの顔を見つめてフリーズした。 「え……?」 「だぁーかぁーらぁー。俺も! 乗るの! 凜子とドライブ、ブッブッブー♪」  って……やけに楽しそうに言うんだけど……本気? 「けど私っ、そんなことしてもらってもあなたの――」 「あなた?」  いつもの癖で「あなた」って言いかけたら、すぐさまダメ出しが入った。 「……えっと、か、奏芽(かなめ)さんの……相手なんてする暇ないですよ? さっきもお話したように、講義に出たいから急いでるわけで……」  ゴニョゴニョと語尾が濁ったのは、それでも彼の申し出に少しだけ心を動かされてしまっていたから。
/615ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1547人が本棚に入れています
本棚に追加