お引っ越し

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「そんなに無理してまで始めたい勉強って何なの?」  聞かれて、自分でもそれを目標に掲げていいのか迷いのあった私は、思わず言葉に詰まってしまった。 「そ、それは……」  頭の中に思い浮かんだとある資格を、私は四季(しき)ちゃんに言うことができなくて。  文学部に所属している私が、唯一奏芽(かなめ)さんと接点を持てそうな気がするその資格は、別に奏芽さんから何か言われたから取りたいと思ったわけですらない。  ただ、霧島(きりしま)さんご夫妻――というか音芽(おとめ)さんと話していて……奏芽さんと音芽さんのお母様がピアノ講師をしながらやはりその資格を取得なさったと知ったら居ても立ってもいられなくなってしまったというか。 (私、勝手に奏芽さんの未来に自分の居場所を作ろうとしてる……?)  そのことに気付いたら、そんな計算高い自分を表に出すのは(はばか)られて。 「その……資格、沢山持ってた方が将来有利かなって思っただけ、なの」  どこか歯切れの悪い私の言葉に、でも四季ちゃんはそれ以上突っ込んで聞かないでいてくれた。  基本的にガンガン言いたいことを言うように見える四季ちゃんだけど、相手の感情の機微は繊細にキャッチしてくれるところがある。  こちらが言いにくいことは、話せるようになるまで待ってくれるのもそんな四季ちゃんならではの心遣いで。  そういうところも含めてやはり奏芽さんと似ている気がするの。
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