1544人が本棚に入れています
本棚に追加
/615ページ
***
聞こえないのを承知で扉を外からノックして、そっと――と言っても重いのでグッと力を込める。
防音扉特有の粘り気のある音とともにそこを開けると、俺は恐る恐る中を覗き込んだ。
「凜子?」
窓は大きなのがついているけれど、厚めの防音カーテンが締め切られたままではさすがに薄暗くてよく見えない。
「電気つけるぞ」
一応声をかけて入り口そばのスイッチをオンにしたら、グランドピアノの陰になるような場所――カーテンのすぐ近くに凜子がうずくまっていた。
俺が入ってきた気配を感じるや否やくるりと身体の向きを変えて窓の方を向いてしまう。
間際までこちらを向いていたこと、俺の気配を察した途端後ろを向いたことで、凜子の心中を慮る。
こちらへ向けられた小さな背中からは「こないで」というオーラが漂ってくるけれど、本心は裏腹なはずだ。
でも、俺にはそれにも増して気になることがあって。
「なぁ、凜子。ここ、寒いだろ?」
寒がりの凜子が、暖房も効いていない室内の――しかも窓ぎわに寄って座っているとか。
絶対寒くないわけがないのだ。
「私のこと嫌いな奏芽さんには関係ないですっ」
言外に、私が寒かろうと暑かろうとどうでもいいじゃないですか、という言葉を滲ませてツンとした凜子の声が、微かに震えていることに気づかない俺じゃない。
「な、凜子。悪かったって」
恐る恐る彼女に近づいて、すぐそばにしゃがみ込んで、横からそっと顔を覗き込んだら、涙目で睨まれた。
う……。
やばい。
むちゃくちゃ可愛い。
最初のコメントを投稿しよう!