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今このタイミングでそれを返してきたのだって、きっと奏芽さんにとっては計算づくの動きなんだ。
勝手にそんな風に思いながら、無言でヘアゴムを受け取ってポケットにねじ込んでから、奏芽さんをチラッと見たら「ん?」って見つめ返された。
初めて出会った瞬間からずっと、おかしな行動をしてきたのは彼なはずなのに、何だか私の方が挙動不審みたいになってしまってるの、何だか納得いかないんだけど。
***
「凜子、昼は学食?」
ふと何でもないみたいに奏芽さんに問いかけられて、私は小さく首を横に振る。
「いえ。学食も毎日になるとバカにならないからお弁当です」
言って鞄を撫でてから、そういえば行きがけに道端で荷物を落としてしまったけれど、寄り弁になってないかな、と今更のように気になった。
「――凜子はいい嫁さんになりそうだな」
言われて、ドキッとする。
奏芽さんの奥様はどんな方なんだろう? 料理は上手なのかな。お仕事はなさっているのかしら。
ご主人が年の離れた小娘とタクシーに相乗りしてるとか知ったら、きっと怒るよね。
そこまで考えて、ズキリと胸が痛んだ私を知らぬげに、奏芽さんが言う。
「それ、どこで食う予定?」
ぼんやり物思いに耽っていた私は、彼の言葉にそんなに深く考えもせず「中庭のベンチで」と答えてから、「その……今、そこ、紫君子蘭が綺麗だから」と付け加える。
ちょうど中庭の辺りにアガパンサスが沢山植えられていて、6月に入った辺りから薄紫の小さな花が、スッと伸びた太めの茎の上に花火みたいに付く様が見頃になった。
木陰にあるベンチから、日当たりの良いところに咲くそれをぼんやり眺めながらお昼を食べるのが最近のお気に入りで。
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