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『二位は黒団! 善戦しました喜多村ペア! 続いて青団、峰岸ペアがまもなくゴールです!』
弦音は大歓声のなか息を整え、足のバンドと胴の紐を解いた。
こちらを見つめる将也から目を逸らすように弦音も峰岸たちのほうへ向く。
背中に注がれる強い視線。熱を感じそうなくらいに。避ける以外の方法がとれない自分が情けなく、なにより苛烈な視線を向けてくる将也に応えることも拒絶することもできないことが申し訳なかった。
『三位は青団! 峰岸ペアっいあああああ! た、大変だ、峰岸ペア、ゴール直後に転倒です!』
実況の言うとおり、ゴールの先で倒れているふたりの生徒は重なり合うようにして転けたのか、愛斗が下敷きになっているようだった。
「峰岸たん!」
「はやく退け松田ああ!」
「峰岸たんから離れろ松田ああ!」
「死ね松田ああ!」
愛斗への心配の声以上に愛斗の親衛隊隊長である松田へのブーイングが巻き起こる。
それに怯えたのか、松田は固まってしまい動けない様子だった。
それより愛斗だ。松田は体格が良いので下敷きになった愛斗が心配だった。
ブーイングが激しくなる。聞くに耐えない罵倒が混ざりはじめ、弦音は片手を上げる。すぐに反応したカメラが弦音を映し、巨大スクリーンのなか、弦音は煩わしそうに手を上げ、振り払う動作をした。
ぴたり。音がやむ。
「大丈夫かい」
静まりかえったドームにぽつんと落ちる涼やかな声。救護班さえ動けずにいるのを見て、弦音は彼らを目で呼んだ。
はっとしたように駆け寄ってきた救護班が松田を抱え、愛斗と繋がるバンドと紐を外していく。
徐々にざわめきを取り戻していくドームのなか、愛斗がもぞりと起き上がった。
「最悪、死ね、まじで、痛いんだけど! 傷残ったらどうしてくれんの! もうこれは犯罪! 死刑!」
下敷きになった愛斗は元気に悪態をついている。
弦音は救護班に指示を出しながら愛斗へ近づいた。
「峰岸副委員長、大丈夫かい」
「これが大丈夫に見えるなら狩屋会長様の目は神様からのギフトですねえ。すごい痛いですもう無理です歩けないですう」
愛斗の膝からは血が出ている。擦過傷はひどくはなさそうだけれど出血が派手だ。つるりとした脛を伝う赤が痛々しい。
弦音はうん、とひとつ頷くと愛斗のそばにしゃがみ込んだ。
「じゃあごめんね、触るよ」
「えっ」
ふわり、愛斗を抱き上げた弦音はすたすたと歩き出す。
『と、と、突然のお姫様抱っこ! 狩屋様が峰岸様をお姫様抱っこしています! これはっ、なんてご褒美!? 今日っ、地球はっ、終わるのかっ!?』
「はっ? え、え? はあ?」
突然のお姫様抱っこに困惑している愛斗に笑いかけ、弦音は「ハーフパンツ、とても似合っているけど、すこし危ないね」と剥き出しの膝を見つめる。
見ているだけでも痛い。自然と眉が下がった。
「それに、露出すればみんな喜ぶかもしれないけど、峰岸副委員長の可愛さは、安売りするにはもったいないよ」
愛斗の顔が、ぶわっ、と真っ赤に染まった。
『残念ながらなにを話しているのかは分かりませんが、峰岸様のお顔が真っ赤です。ど、ど、どうしたのでしょう、今日の狩屋様はオスみが強い!』
どうやら松田は担架で運ばれるらしい。
弦音は阿鼻叫喚のドームに背を向け、そのまま救護室へ向かった。
「か、か、狩屋会長様に言われなくても、僕の可愛さは変わらないし」
「うん」
「可愛いのが僕であって僕が可愛いのは真理であって」
「ふふ、そうなんだ」
「くそむかつく狩屋弦音コロス!」
「あはは」
悪態を吐きながらも暴れはしない愛斗は可愛い。
本当に、いつもこんなふうならいいのに。といっても、愛斗は無理に可愛こぶっているわけではないようだけれど。あざとい愛斗も、こうして悪態を吐く愛斗も、案外すべてが素なのかもしれない。
悪態が止まらない愛斗を無事に救護室まで送り届け、次の次の競技に出場する予定なので、弦音はそのまま選手控え室へ向かう。
その途中、廊下にあるモニターに人集りが出来ているのを見かけ近づいて行く。
弦音に気づいた生徒たちが次々と道を開け、モニター前までスムーズに辿り着くことが出来た。
画面のなかでは鬼ごっこ式玉入れが行われている。愛斗が大人しくなるまで付き合ったので、すでに二人三脚は終わってしまったようだった。
【想い想われ、追い追われ】は団のなかの何人かが籠を背負い、そして走り回る。鬼ごっこのように追いかけ、動く籠に玉を入れていく競技だ。
『ずるい、ずるいぞ榊様! これはもはや反則なのでは!?』
「縛っちゃならねえとは言われてねえからなあ!」
『む、無双だ!』
なるほど。千夏が出ていたからギャラリーができていたのか。
千夏、というより黒団に所属する風紀委員の面々が、籠役の生徒の腕と脚を鉢巻で縛り、動けなくさせている。敵チームの生徒を片っ端から捕まえ腕を縛り上げているらしかった。
『さすが風紀! 縛り慣れていらっしゃる!』
統率のとれた動きで次々と敵を無力化していく千夏の手腕は見事だ。
確かにすこし反則くさいけれど、ジャッジが止めないのだからぎりぎりセーフなのだろう。
「なあ、あれって真壁だよな」
「うわ、痛そう」
「ひでー」
画面の端。玉入れにかこつけて、籠役でもないのに玉をぶつけられる生徒がひとり。
真壁が泣きそうに顔を歪めるのを弦音は表情のない顔で見ていた。
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