Green-eyed monster

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 桜がすべての花びらを落とし、緑が勢いを増したころ。麗泉学園のSNSは不穏な動きをみせていた。  麗泉学園には独自のSNSが存在する。  とある卒業生が開発したというそれは学園関係者しか閲覧できず、また投稿もできないシステムになっている。関係者のみにパスワードを開示し、それがなければ閲覧さえできないという機密性の高いものだった。  利用法はさまざま。教師からの連絡事項や学園側からの発信、生徒同士の息抜き、使い方はひとそれぞれ。悪意のある投稿ももちろんあるけれど、いじめに発展しそうな度がすぎたもの以外は黙認されているのが現状だ。  匿名制ではなく、とくに生徒は学生証を登録する必要があるため利用者の身元がはっきりしているシステムだが、利用する生徒は意外と多かった。  そんな世間から秘匿された閉鎖的なコミュニティで、四月半ばの今、話題になっている事柄が『國江田優星の生徒会入り』についてだった。  人から人へ、噂は流れる。放たれた水がいきなりは止まれないように、勢いよく流れ出した噂は速度を緩めず、瞬く間に学園中を巡った。 「一年対三年。二年はまだ割れてるね。面白いくらい想像どおりだなあ」  広々としたベッドの上。窓から差し込む朝日はまだ弱々しく、遠い山々の緑にあふれた景色を春らしい柔らかさで照らしている。  くわり、弦音は小さな欠伸をしてスマホを手放す。  優星と食堂で顔を合わせたのが約一週間前。既に始業式と入学式は終わっており、弦音たちは三年生へ進級し、優星たちは正式に高等部の生徒となった。 「なにが」  風を通すために窓を開けようと上体を起こしたとき、弦音の腰にするりと巻きつく腕があった。  低く掠れた声が耳朶を掠める。 「おはよう、(ながれ)」  今にも閉じそうな瞳にかかる、アッシュグレーの癖毛をかき上げてやる。  琥珀の瞳が擽ったそうに細まった。 「なにが」 「うん?」 「想像通りって。悪い顔してた」 「ふふ」  今、学園内の大きなうねりはふたつに分かれている。  ひとつは國江田優星に好意的な生徒たち。もうひとつは國江田優星に好意的ではない生徒たち。  実際に弦音が優星に接触したのは優星の入学前、寮の食堂で会話したきりで、かけた言葉はとても少ない。はじめは事務的な会話だったし、最後は半ばマウントのとり合いのようになってしまった。  弦音が優星の挨拶を受けて返した歓迎の言葉に加え、助力すると明言したことで、言ってしまえば『國江田優星には生徒会がついている』と示したのだけれど、優星は弦音の厚意に挑発で返した。  そして聞き耳を立てていた生徒たちはそのやりとりや前後の余白を勝手に想像で補ったのだ。  曰く、國江田優星はその優秀さを認められ、生徒会補佐に指名されるらしい。  曰く、國江田優星は実家の権力を使って生徒会補佐への指名を強要したらしい。  曰く、國江田優星は現生徒会に反発し乗っ取るつもりらしい。  曰く、曰く、曰く。あげればきりがない。  優星は今、とても危うい立場にある。  狩屋の庇護を拒否した現状では、國江田のネームバリューはあまり効果がない。なにせ國江田と狩屋は同格の家柄で、現状弦音が生徒会長を務めているので狩屋の名のほうが圧倒的に強いのだから。  SNSを見れば狩屋の厚意を無碍にしたということもあって、弦音を支持する大半の生徒が優星に反発しているのがよくわかる。  でもあの日、弦音が優星に声をかけ力になると約束したことで、優星に良からぬことをしようと企むものたちにある程度の牽制はできたはずだから、優星が大きな被害を受けることはないだろう。小さな問題はまあ、これまでどおり自力でなんとかしてもらうしかない。  でもそれもいつまでもつか。生徒たちの不満は溜まる一方で、ガスを抜く穴もない。  息だけで笑う弦音の無防備な指をいじっていた流も、面白そうに唇を緩めた。 「楽しそうだな」 「まあ、つまらなくはないかな」 「ふうん、なら、よかった」  唇が笑んだ形のまま、流の瞼が降りていく。 「まだ寝るの?」 「うん」 「ちゃんと授業受けないと駄目だよ」 「うん」  ふ、と完全に降りた瞼を認め、弦音は再びスマホを手にとった。  明るくなる画面。リロードすれば画面を埋める言葉たち。  ──曰く、狩屋弦音が一方的に國江田優星を気に入り、強制的に生徒会補佐に指名したらしい。  弦音はゆっくりと目を細めた。
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