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「そういえば、狩屋の親衛隊長は卒業したんだっけ」
「ええ」
「なら今の隊長は?」
「近いうちに挨拶に来ると思いますよ」
「……まあ、俺にもそのうち紹介してくれ」
花田は困ったように苦笑していたけれど、話を先に進めるほうを選んだようだった。
泰然と微笑む弦音に諦めたように眉を下げている。
「それで、本題は?」
ゆったりと目を細めた弦音に気圧された花田の喉がごくりとなにかを嚥下した様子を楽しげに認め、弦音は先を促した。
ホテルのラウンジを小さくしたような洗練された部屋は無機質で、いつも余所者のような気分にさせられる。生徒会室とは正反対だ。あの場所はいつも弦音を温かく賑やかに迎え入れてくれるから。
素っ気ない壁に向かって八つ当たりじみたことを思う。
優星が手をとってくれてさえいれば、こうも面倒なことにはならなかったのに。と、そう思うこともまた、傲慢なのだろう。
優星も弦音と同じなのだ。
かつて王様だった優星も、簡単に頭を下げることができない。
「SNSの動きで少し気になることがあってな」
「気になること?」
「ああ。國江田を叩くのはまあ、わかる。彼を擁護するのも同様だ。けど最近の流れは少し異常だ」
「ああ、僕が國江田くんを無理やり生徒会に入れようとしている、でしたっけ」
「それだけじゃない。益美にまで……」
「流は関係ない」
花田の言葉の最後を、弦音はぴしゃりと跳ね除けた。
「そうだ。そうやって君が益美を庇うことまで計算して、誰かが……」
コンコンコンコン。
割り込むノック音。難しげに寄せられていた花田の眉が解けてゆく。
弦音は目で花田に確認をとり「どうぞ」と入室を促す声をかけた。
「弦ちゃん」
「直輝、どうしたの」
「それが……」
細く開いたドアから硬い表情の直輝が顔を出し、弦音はそれだけで察し、席を立った。
花田に突然の退室を詫び、先導する直輝を追う。
生徒会室には役員が揃っており、全員が各々の好きな場所で、普段と変わらない様子でくつろいでいた。そのことに少し脱力して、弦音はぱん、とひとつ手を打つ。
「みんな、僕は少し出るけど、戻るまで待っていてくれるかな」
弦音の言葉に「風紀に任せておけ」と凌牙がいち早く反応を返してくる。この一を聞いて十を知ってくれる凌牙は本当に頼もしい。
凌牙がいうように、弦音もそうしたい。けれど、どれだけ大きくなろうと根本は狩屋と國江田の問題だ。
カウチソファで寛いでいた嘉がついていけずに「え、どういうことだい?」と目を丸くしていると、くゆるが「キンちゃんは静かにしてたほうがいいです。シナモンロール食べる?」とパンを差し出した。嘉は「キンちゃんって呼ばないでくれ! そして食べる!」とくゆるからパンを奪い口を閉じた。
あーあ。本当なら僕もくゆるの焼きたてシナモンロール食べられたのに。未練がましく思いながら、一連の流れを苦笑で見守っていた直輝に目配せして生徒会を出る。
隅々まで美しく清潔に保たれた廊下を歩きながら弦音は直輝に目線をやった。
「國江田くんだろう?」
「ああ。とうとう動いたぜ」
「ふうん」
「あのなあ、他人事みたいに言うなよ」
呆れた顔をする直輝の広い背中を追う。
風船は割れた。あとは噴き出した不満にどう対処するか。
弦音はやっぱり、あの日弦音の手をとらなかった優星を哀れまずにいられなかった。
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