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場所は第二体育館の体育倉庫。体育館内にあるそこは分厚い扉で隔たれ、沈黙を貫いている。
「それで、このなかに國江田くんが?」
弦音の問かけに答えたのは、オレンジがかった茶色にカラーリングした髪をハーフアップにしている、男性的な色気を纏う男、榊千夏。風紀を束ねる風紀委員長だ。
「本人から連絡がきたからなあ、このなかにいるのはたぶんきっと、間違ねえさ」
「連絡? ケータイ奪われなかったのかい?」
「みてえだなあ。扉は分厚いが声は届くぜ。かけてみるかい?」
「遠慮しておくよ。鍵は?」
「不明」
「スペアは」
「同様」
「窓や通気口は?」
「明かりとりの小さな窓がひとつ。妖精さんならいざ知らず、人間様が通れる大きさじゃあねえな。通気口も同様」
「中から開けられないのかい?」
「ご丁寧につまみを潰されてるらしくてなあ」
「消防呼ぶ?」
「それも視野に入れるべきだろうねえ」
といいながらも、この学園に部外者を入れるのは難しいだろうことはふたりとも理解している。
「どうしようか」
「どう、って。犯人を捕まえるしかねえだろうさ」
「探偵みたいだね」
「そこは警察じゃあねえのかい」
「このあいだ小さな探偵のアニメを観たんだ」
「おや、お弦さんはアニメ派か。そりゃ残念」
「持ってるの?」
「全巻」
「今度貸して」
「お弦さんの頼みなら」
煌々と灯るライトの下、緊張感のない会話をするふたりに直輝が心底呆れた、というような顔で盛大な溜息を吐いた。
「おふたりさん、今はそれどころじゃないだろ」
「そういわれても。もう動いているんだよね?」
「抜かりはねえさ」
「ほらね」
「ほらね、じゃない。弦ちゃんなにしに来たの」
「直輝について来ただけだけど」
「えー」
「そこのガキがお弦さんを呼べって煩くてなあ、申し訳ねえが、すこし黙らせてくんねえかい」
そういって千夏が示した先、小柄な生徒が風紀副委員長の愛斗に何事かを喚いていた。
「あれは?」
「國江田んとこの親衛隊隊長みたいだなあ」
「ふうん」
「弦、今刺激するのは……」
「好き好んで近付かないよ」
「ならいいけど……あー、だよなあ、向こうがほっとかねえよなあ」
直輝の視線の先、喚いていた生徒が大股でこちらへやってくるのが見える。可愛らしい顔が般若の形相で台無しの彼は、弦音を一心に睨みつけていた。
「名前は?」
「中上誠。一年Sクラス。成績良好。素行はまあ、親衛隊隊長という立場でお察しさあ」
片頬を上げ皮肉に言う千夏に思わず笑ってしまう。
千夏は派手な髪色とほどよく着崩した制服で一見不良にみえるけれど、本人はいたって穏やかな人間だ。
すこし斜に構えた言動と喋り方は、格好つけている、というより傾奇者と表現するのがぴったりな、粋な男だった。
胡散臭いのが玉に瑕だけれど、これで派手な着物でも着ていれば完璧だ、と笑う弦音を見て勘違いしたのか、中上は元々吊り気味だっただろう眦をさらに吊り上げ、唾を飛ばす勢いで弦音に向かって口を開いた。
「あんたがやったんでしょう!」
まあ、そうなるだろうなあ。と、弦音は思った。
弦音と優星の親衛隊が対立している今、弦音が疑われるのは当然ともいえる。
「さっきからこれの一点張りでなあ。うるさいったらありゃしねえ」
「それはお疲れ様」
「お弦さん、黙らせておくれよ」
「難しい注文だね」
「九十五巻だけ貸さんとするかね」
「重要回」
「そんじゃあ、きちんとお仕事してもらわねえとなあ」
「わかったよ」
再度溜息を吐く直輝を横目に、弦音は中上と向き合った。
「ごきげんよう、中上くん」
「あんたがやったんでしょう!」
「なんで僕がやったと思うのかな」
「あんたが國江田様をよく思ってないことなんてみんな知ってる!」
「そのみんな知ってることをわざわざするメリットは?」
「メリットなんてないと思わせておいて、それを隠れ蓑に國江田様を害することだってあんたにはできるはずだ!」
「なるほど」
弦音にメリットがない、ということを利用して裏で操作していると。なかなか複雑で杜撰な推理だ。
「とりあえず國江田くんを助けようか」
「はっ! あんたなんかに頼るわけないじゃん」
「國江田くんを助ける。目的は一緒のはずだろう?」
「助ける気なんてないくせに! あんたがやったんでしょう!」
「お話にならないな」
「なんだって!?」
これ以上弦音がなにを言っても火に油を注ぐだけだろう。
「九十五巻だけ買おうかな」
「弦、ほんとになにしに来たの」
「漫画借りに?」
「ふむ。そろそろバッテリーがなくなるころかねえ」
「え、國江田少年のケータイ充電やばいの?」
「ああ。ぎりぎりらしいからなあ、通話は控えてやってたのさ」
「やばいじゃん!」
「松添の坊、正しい日本語を使わねえとなあ」
「危ふしじゃん!」
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