Green-eyed monster

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 じゃれあう弦音たちに「ちょっと!」と声を荒げたのは愛斗だ。 「僕は帰らせてもらうから」 「どうしてだい」 「ここに、狩屋弦音が、いるからだよ!」 「ふうん。道理が通っていないが仕方ねえ。お前さんがいても場が荒れるだけだしなあ。いいぜ、戻んな」 「僕に命令するな」 「峰岸副委員長、ハウスだよ」 「狩屋弦音コロス!」  弦音の挑発に歯をむき出しに毛を逆だてる猫のような愛斗を、風紀委員が羽交い締めにして連れ去っていった。  ああいう、感情に素直な愛斗を、弦音は決して嫌いじゃない。感情を殺して猫なで声を出す愛斗が嫌いなだけで。 「ねえ、無視しないでよ! あんたがやったんでしょう! 鍵を出して!」  中上のような話の通じないものを相手にするより、にゃあにゃあと嫌味を吐き出す愛斗を往なすほうがまだましだった。  とりあえず無視をする。そのほうが解決に近いと思ったので。 「元々の鍵の管理は?」 「バスケ部のマネージャーさ。でもそいつのロッカーが荒らされてたらしくてなあ、ロッカーにしまっていた鍵を盗まれたって主張してんのさ」 「スペアは?」 「職員室。あそこは生徒を気軽に招き入れやがるからなあ。教師たちも気が付かなかったみてえだ」 「カメラは?」 「解析中さあ」  なら解決はそう遠くない。  職員室に防犯カメラがあることは広く知られていない。  カメラの位置、死角を含め全て把握しているのは生徒会長である弦音と風紀委員長である千夏、他数名だけだろう。  そもそもカメラ映像をチェックするのにも権限がいるしなあ、と弦音が思ったタイミングで、ぱたぱたと体育館に響く足音が近付いてくる。 「委員長、対象が数人に絞れました」 「お、さすが仕事が早えな」  にやり、と笑う千夏はどうしても軽薄な印象は変わらないけれど、それでも彼の容姿は驚くほどに整っている。  案の定、報告に来た風紀委員は「は、はわわ、恐縮です!」と漫画のように真っ赤になってしまった。  こういうとこだよなあ、と弦音は千夏の笑顔を見るたびに思う。  傾奇者風のキザな笑顔でも顔がよければ問題ないらしい。 「ふむ、五人か」 「はい。この五人が疑わしいと思われます」 「根拠はあんのかい」 「五人とも目的もなく職員室を訪れている可能性が高いです」 「そもそも鍵をとるところはカメラに映っていなかったのかな」 「狩屋会長。それが、ここ数日テストの影響で職員室への出入りが多く、人が死角を作っていまして……」 「なーるほどね、人に遮られて見えなかったってことか」 「松添の坊、正しい日本語を使わねえと」 「()()に」  わはは、と笑う千夏に直輝が悪ノリしだした。  こうしていると普通の男子高校生みたいだけれど、やっぱ胡散臭いんだよなあ、と弦音が思ったそのとき、千夏のスマホから音がなった。 「なに?」 「解析画像さ。ふむ。粗いけど人相は確認できるなあ」 「それ僕にも送って」 「いいぜ」  すぐに送られてきた画像を観て、弦音はそのままスマホを操作した。 「誰に送ったの、生徒会?」  直輝が怪訝な顔で聞くのに、弦音は美しく笑ってみせた。 「僕の頼れる味方に」  持ち上がる口角を認めて、直輝の頬がひくりと引き攣った。 「お、國江田の坊から電話だ」 「あ、代わって」 「いいぜ。坊、今からお弦さんに代わるぜ」  手渡されるスマホ。弦音はそれを耳に当て、優星の「代わらなくていい」という拒絶の声を聞いた。  まったく。こんなときまで意地を張らなくてもいいのに。溜息が電話口に届かないように吐き捨て、弦音は口を開いた。 「やあ、國江田くん。狩屋だよ。大変なことになったね」 『あんたには関係ねえだろ』  おや、いつもの慇懃な敬語はどこかへ放り投げてしまったらしい。  素の口調は案外乱暴なのだろうか。  くすり、と笑えば舌打ちが返ってくる。あまりお行儀もよくないようだ。 「災難だったね。無事かな。寒くない?」 『あんたに心配される謂れはない』 「そうでもないよ。君は一般生徒だ。生徒会長として心配するのは当然だろう?」  再び舌打ち。弦音は吐息に乗せた笑みを返す。 「どうしてその状況に? バッテリーは大丈夫かな」 『体育の片付け中、外側から鍵を閉められただけだ』 「だけって。そこは寒くて窮屈だろう。早く出してあげられるように頑張るから、もう少し我慢してくれるかい」  返事はなく、それきり無言が続く。  頑なだなあ。弦音は諦めてスマホを千夏へ返した。  そこまでして僕の助けを拒むのはなぜだろう、と弦音は思う。  やっぱり王様としてのプライドだろうか。それとも狩屋への対抗心?  まあどちらでもいいが、優星が心配なのは事実だ。  実際この分厚い扉のなかは、いくら春でも陽が落ちた今、昼間より室温が下がる。寒くて不安に違いない。弦音はそれをよく知っていた。  風邪をひかなければいいけれど。  スマホを受け取った千夏が数回言葉を交わすと、通話は終わったようだった。 「残念だがバッテリーがもたなかったみてえだ」 「で、犯人は捕まりそう?」 「その五人に話を聞かなきゃなんとも言えんなあ」 「連れてくることは?」 「捜索中さあ」 「そっか」  弦音の唇が艶やかに弧を描いた。
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