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そもそも優星を閉じ込めることになんの意味があるのだろう。
ただ待っているだけだと時間の無駄なので、弦音は改めて思考する。
優星に嫌がらせをして喜ぶのは現在対立している弦音の親衛隊。でももちろん弦音はそんなことを指示していない。残念なことに『弦音のため』を免罪符に暴走してしまう隊員もいるけれど、行動する前に他の隊員たちが阻止してしまうのでそれも考えられない。弦音の親衛隊は優秀なのだ。
あとは生徒会役員の親衛隊も少なからず反発心を持っているだろう。
でも國江田に手を出すメリットもない。むしろ國江田の名を恐れて手出しができなくて焦れているころだろう。堂々と反発できるのは現状狩屋だけだ。
「狩屋様」
思考を遮るように涼やかな声が耳にするりと入ってきた。
毎回思うけれど、彼の声はひとを癒す力がある。事実思考を巡らせていた弦音の心は少しだけ解れていた。
心配そうに弦音を見上げる生徒。美しい声を持つ彼は、森内蓮。
艶やかな黒髪にアーモンド型の瞳、端正な顔立ちの彼はまさに蓮の花のように華やかで、でもどこか儚さを感じる容姿をしている。
彼は弦音と同じ学年で、一年生のころから弦音の親衛隊副隊長を務めてくれている、頼れる同級生だった。
「お疲れさまでございます、狩屋様」
「蓮も。お疲れさま」
「御髪が随分とお伸びになりましたね」
「そう?」
「ええ。昨日より0.三ミリほど伸びていらっしゃいます」
「うわあ」と引き気味の声を出す直輝を横目に、弦音は「相変わらずよく見てくれているんだね」と蓮を肯定した。蓮は嬉しそうに頬を染め、丁寧に頭を下げた。
「それで?」
なんでここに森内の坊がいるんだい、と言いたげな千夏が面白そうに蓮を見下ろした。その目は冷え冷えとしている。
特別蓮を嫌っているわけではなく、千夏は親衛隊そのものがあまり好きではなく、反射的に身構えてしまうらしい。
それでも自身の親衛隊はしっかりと管理しているのだから面白い。彼の親衛隊はその統率のとれた動きから、まるで軍隊、というより主を得た武士か侍みたいだと有名だった。
「どうかな、蓮」
「狩屋様のおっしゃる通りに」
瞼を伏せて礼をとる蓮に頷いて、弦音は視線をすい、と動かした。
それを見た蓮が動き始める。
訝しげな周囲をよそに、しばらくして数人の生徒が体育館にやってきた。
「狩屋様。こちらを献上いたします」
そう言って蓮から差し出されたのは、びくびくと身を縮ませるひとりの生徒だった。
「こちらの方は?」
「國江田様を閉じ込めた愉快なものでございます」
愉快、というところに蓮の感情が表れていると思う。優星の親衛隊によって弦音が貶され、弦音自身をも煩わせていることを理解している蓮からしたら、元凶である優星が置かれた状況は正しく愉快なものなのだろう。
丁寧な口調にときどき混ざる小さな棘は可愛らしい。それは決して弦音に向けられることはないと分かっているから言えることかもしれないけれど。
「そいつが犯人だという証拠は?」
「自白してくださいました」
笑いながらも低い声で千夏が問うのに、蓮は変わらない穏やかで丁寧な態度で答えを返した。
周囲が息を飲む音が聞こえる。
それはそうだろう。風紀委員でもない一般生徒が犯人を確保し自白させ、連行してきたのだから。
その犯人は弦音の親衛隊員数人に腕を掴まれ悄然と項垂れていた。
「いったいなにをしたんだい?」
千夏の尖った声が皆の気持ちを代弁する。
それに蓮は儚い笑みを浮かべ、平然と言ってみせた。
「すこし質問をさせて頂いただけでございます」
その言葉に戦慄した様子の周囲に反して、弦音は嬉しそうに頬を緩めた。
蓮は質問しただけ、と言うけれど、その言葉がどこまで真実かは分からない。
なにせ彼は親衛隊副隊長だ。百人以上の規模の組織を纏めている蓮、そして弦音の親衛隊員が優しく丁寧に質問するわけがない。そのくらい皆察しているだろうけれど、誰ひとり口を開くものはいなかった。
「ありがとう、蓮」
「勿体無いお言葉でございます」
「おい」
どういうことだい、と目で聞いてくる千夏に、弦音は頬を緩めたまま悠然と微笑んだ。その後ろには蓮が静かに控えている。
その様子が、まるで主従のようだ、とは直輝の言だ。
「僕の頼れる味方は、風紀より誰より、この学園を把握しているからね」
弦音の親衛隊は学園で一番の規模を誇る。
彼らの繋がりは強く、そして弦音に従順だった。
大規模の親衛隊の隊員たちは日常的に動き、情報を集め、小さなことまで蓮に、蓮が精査しまとめた情報を隊長に、そして最後には弦音に渡る。そうして集められた情報は膨大で、それらは弦音の指先ひとつで動き出す。
実際のところ、把握しているというより、掌握していると言ったほうが正しいのかもしれない。
それに思い至ったのか千夏の表情がわずかながら嫌そうに歪む。
「これだから親衛隊は」
「ありがとう存じます」
「あれれぇ? おかしいぞー? 褒めてねえのにお礼が来やがった」
「おや、それは失礼しました。ところで榊委員長、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「言ってみな」
「狩屋様に九十五巻はお貸しいただけるのでしょうか。もしお貸しいただけないのでしたら、わたくしから全巻を献上させていただきたく思うのですが」
「お弦さんの頼みだからなあ、いわれなくたって漫画でも金でも心でも命でも、なんだって貸すさ」
「残念です」
ふたりのやりとりにくすくすと笑う弦音に、直輝が困ったように眉を下げ「のんびりしてていいの」と現状を思い出させた。
そうだ。こうしている間にも優星は寂しい思いをしているのだ。
弦音はついつい緩む気を引き締めなおした。
「それで、鍵は?」
「それが……」
この場の皆、とくに先ほどから黙っていた中上が蓮の言葉を固唾を飲んで待っている様子が視界の端で確認できた。
振り返り見た蓮の顔は、満面の笑顔だ。
「投げ捨てた、とおっしゃっていました」
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