Green-eyed monster

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 五月上旬のよく晴れた日。麗泉学園の第一講堂、通称湖ノ月(このつき)講堂(ホール)には、全校生徒が詰め込まれていた。  オペラでも始まるのかといわんばかりの講堂は舞台を囲むように半円形に席が用意され、さながら歌劇場のように豪華だった。  眩しすぎない落ち着いた照明と繊細な装飾の施された壁や柱。滑らかな手触りのビロードの座席はよく手入れされていて、ほつれや色褪せの気配もない。  レトロな雰囲気にはすこし浮いているように感じる背後のスクリーン。そこに映るのは生徒会副会長として舞台に立つ、直輝だった。  ざわざわと落ち着きのない生徒たちの興奮が室内の温度を上げているような気がするほどの熱気のなか、直輝は緊張した様子で手元のカンペを握りしめた。 「改めまして、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」  直輝の低く柔らかな声で始まった挨拶は残念ながら生徒たちには届かないようだ。  直輝は用意していたカンペを早々に握りつぶし、やけっぱちのように顔を上げ胸を張った。 「さて、皆さんお待ちかねの新入生歓迎会についてですが、例年と同じように、今年もゲームを行いたいと思います」  わっ、と上がる歓声。さっきとは打って変わって熱を込めた視線が直輝に集中した。  それにたじろぎそうになりながらもなんとか踏ん張り、直輝はマイクに声を吹き込んだ。 「今年行うゲームは──……『探偵ゲーム』です」  直輝はもったいぶった言い方をしたが、ゲームについての説明は事前に済ませている。  生徒たちは驚くことも困惑することもなく頷いているし、なかには各教室で配られた、ゲーム説明の書かれたプリントを握りしめているものもいる。  分かっていながらもどこか落ち込んだ様子の直輝は気を取り直して背筋を伸ばした。 「ゲーム内容は簡単です。皆さんは探偵で、依頼者から渡された依頼内容を達成すれば報酬をもらえます」  探偵ゲームは五人ひと組で行うゲームだ。  生徒たちには事前に(くじ)を引いてもらっている。  ルールは簡単。 「皆さんの携帯端末にメッセージを送りました。内容を確認してください」  其処彼処で鳴る受信音。生徒たちは隣り合った友人と覗き込みあったり、メッセージの内容がよく分からないのか首を傾げたりしている。 「送らせてもらった内容が依頼者の特徴と合言葉です。みなさんにはまず、メッセージに記載された特徴を元に依頼者を探してもらわなければなりません。依頼者はチームに紛れ込んで参加してもらっています。依頼者は複数いますが、彼らは他の依頼者の情報は知りません」  つまり、どこかのチームの五人のうちのひとりが、依頼者として紛れ込んで参加している。 「依頼者の探し方は様々です。メッセージの内容だけで探すか、ほかのチームに聞き込みをして更なる情報を得るか。それぞれチームで話し合い決めてください」  メッセージに記載された依頼者の特徴だけで探すのもよし。手当たり次第に声をかけて情報を得て見つけ出すのもよし。  もちろん勘で動くのでも構わない。ときには本能に頼ることで上手くいくこともある。 「依頼者を見つけたら合言葉を確認して、依頼内容を聞き、依頼達成を目指してください」  ざわざわと騒めきだした講堂内を見渡して、直輝は焦げ茶色の髪をガシガシと掻いた。 「あー、説明だけだと難しそうだけど、実際はすごく簡単だから安心してほしい」  そう言って直輝はいまいち理解しきれていない生徒たちに向け噛み砕いた説明をし始めた。 「例えば、依頼者の特徴が『青色の尻尾・ボウズ頭・常に胸元を気にしている』だったらみんなはその特徴に当てはまるひとを探し出す」  ただ自力で探すのもありだけれど、他人に聞いて情報を集めるほうが手っ取り早いだろう。なにせ全校生徒が五百人を超えているのだから。 「依頼者を見つけたら次は合言葉だ。合言葉はメッセージに書かれてるだろう? たとえば、探偵側の合言葉が『ヒラケ』、依頼者の合言葉が『ゴマ』だったら、みんなは見つけ出した依頼者と思われるものに『ヒラケ』と聞く。そして依頼者から『ゴマ』と返ってきたらそこで初めて依頼内容を受け取れるってわけだ」  首をかしげる生徒に同じチームの生徒がルールを教えている。それだけでも交流になっているはずだ。  チーム分けはすこし複雑になってしまったから、こうして和気藹々と盛り上がっているのを見ると安心した。  チーム分けは部活動を中心に行われた。  一年生と二、三年生の間に亀裂が入ってしまっている今、純粋に新歓を楽しんでもらうのはとても難しく、ならせめて部活だけでも、と部活動を中心に分けられたのだ。
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