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弦音は直輝からの信頼の言葉を胸に上機嫌で講堂を出た。
直輝はお留守番だ。といっても風紀からくる定期連絡への対応や不足の事態が起きたときの対処、全体の指揮など、やることは山ほどあるのだが。
弦音はウィンク欲しさに講堂に残った生徒たちの尻尾を片っ端から奪い、そのままエントランスを抜ける。奪った尻尾はどこからともなく現れた係のものに預けた。
「どこに行こうかな」
と、言いながらもルートはもう決まっている。
この学園は広い。寮も入れれば、首都にあるドームに換算して何個分あるのやら。山の一部を切り拓いて建てているからその敷地は広大だった。
校門を潜り抜けた先で出迎えるのは前庭。四季折々の花が咲き誇る学園自慢のフロントガーデン。その前庭を突っ切るようにして伸びる太く長いアプローチの先に、洋館のような校舎がある。
立派な校舎は横に長い四階建てで、それに繋がるように隣接するのが専門校舎棟。主に音楽室や美術室などの専門教室、そして教科ごとの準備室がある。こちらもどこぞの屋敷のような立派な見た目だ。
校舎の逆隣には教員棟があり、職員室や教師たちが使う休憩室兼準備室が主に詰め込まれ、どちらも校舎から行き来しやすく渡り廊下で繋がっている。
教員棟の近くには、前庭の一部のようにテラス席も完備された食堂があった。
校舎裏は中庭で、中庭から東に第一、第二体育館。それぞれ近くに部活棟が建てられ、部室やミーティングルームなどが入っている。
そして中庭の先に第二講堂。ここはイベントに使われることが多いので席は備え付けではなく、パーティー会場や祝賀会の会場として使われるなど、第一講堂より汎用性が高い。ここは常緑樹に囲まれていることから『緑陽講堂』と呼ばれている。
第一講堂は主に入学式や卒業式といった式典に使われるドーム型の建物で、それは前庭の東にある。今日もここで新歓の開会式を行った。ここは近くに小さな湖があるので『湖ノ月講堂』と呼ばれている。
さらにプールやグラウンド、スポーツイベントに使われるドーム。茶道部、華道部の庵や武道の各道場など、さまざまな建物が広大な敷地に収められている。あまりに広大で、学園内にバスが通っているくらいだ。
つまりなにが言いたいかというと。
この学園は広い。なので、思い思いに散らばった生徒たちを追いかける鬼役は少し不利だった。
弦音は校舎を突き抜け堂々と中庭に出た。
鬼役といっても見回りも兼ねているので隠れる必要はあまりない。
弦音の登場に慌てて逃げるもの、見惚れて立ち止まるもの、緊張に固まるもの。さまざまな反応をする生徒のうち、立ち止まっているものたちに向けウィンクをする。
すると皆一様になにかに射抜かれたように胸元を押さえ硬直した。
それにふふ、と笑い、弦音は悠々と尻尾を奪っていく。奪われたことにも気づかない生徒には追加でウィンクのサービスつきだ。
「はぅ、狩屋様のウィンク……」
「色気が……色気が爆発してる」
「どことは言わないが反応した」
「悔いなし」
追撃に笑みの流し目を喰らわせれば制圧完了。奪った大量の尻尾を忍者のように気配を薄め付き従う係のものに手渡した。
「みんな、尻尾を奪われたからってゲーム終了ではないよ。チームのお手伝いは禁止されていないから、最後まで楽しんで」
追い打ちでウィンク。「はううぅ」と苦しげに胸を押さえる生徒たちを置いて、弦音はそのまま中庭を進んだ。
今の時期薔薇が盛りで庭は豪華だ。さまざまな種類の薔薇が甘い香りを放っていた。
中庭にはテラス席も設けられているので、生徒たちはここでお茶をしたり、読書をしたりして四季折々の花を楽しんでいる。
「『マシュマロ』」
突然聞こえたふわふわお菓子の名前。複数の生徒の声が一斉に揃ってなかなかの声量だ。
「え?」という、おそらくお菓子の名前を告げられた生徒が困惑の声をあげた。
「違うか……」
「ごめん、特徴に当てはまってたから」
「へえ、僕は依頼者じゃないけど、どんな特徴なの?」
「青の尻尾に、金色の髪、右脚を引きずっている」
「たしかにあってるね。でもこの脚はさっき靴の踵を踏んじゃって、気持ち悪くて引きずってただけなんだ」
生垣に邪魔されて姿は見えないけれど、ちゃんとゲームを楽しんでいるようだ。
間違えた生徒たちが残念そうな声を上げている。
「あ、でも脚を引きずってる生徒なら前庭で見たよ」
「まじで?!」
「うん、どっちの脚かは覚えてないんだけど……」
「いや、助かった!」
「ありがとう! 行ってみるよ!」
「あ、代わりといったらなんだけど、この条件に当てはまるひと見かけなかった?」
目的の依頼は受け取れなかったようだが情報は得られたらしい。
楽しげな声。ここでウィンクをするのは無粋だろう。
ぱたぱたと駆けてゆく足音を見送って、弦音は先を行こうと足を踏み出した。
中庭をぐるりと回るように散策する。
きゃらきゃらと聴こえる笑い声。どこかで上がる楽しげな悲鳴はウィンク泥棒の被害者だろうか。
皆思い思いに楽しんでくれているようだ。
弦音はほっと安堵の息を吐く。
「ねえ、見た?」
美しい庭を鑑賞しながら歩いていると、前方から不安げな声が聞こえてきた。弦音に背を向けるかたちでひとつのチームが固まって歩いている。
「國江田様だろう?」
「あれってほんとに偶然?」
「籤に不正があったってことかよ」
不穏な会話に嫌な予感がしたとき、案の定と言うべきか、直輝から連絡が入ってきた。
開始早々問題発生か。
「直輝?」
確認した瞬間、直輝が焦った声で「弦」と弦音を呼んだ。
『弦、やられた』
「どうしたの」
『國江田はアンチ生徒会に囲まれてる』
「どういうこと?」
『國江田のチームは國江田以外全員アンチ生徒会だ』
やられた。
優星のチームはどこの親衛隊とも、そしてアンチ生徒会とも被らないように編成したはずだ。間違いない。そうなるように仕組んだのだから。平穏のためには不正も辞さない。
でもだからこそありえない。くじの結果は今朝まで生徒会と風紀委員会によって厳重に管理されていたはずだ。操作する暇もないはず。
どこから漏れた? いや、それよりも。
「やっぱり動き出したね」
弦音のつぶやきに直輝が反応し、それに返しながら弦音は歩き出した。
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