Green-eyed monster

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「Say, cheese!」 「Cheese.」  カシャ、と軽い音の奥、スマホを構えるくゆるがいた。 「フラッシュいる?」 「自動でございます」  くゆるは、たたた、と画面をタップしながら「変わらぬ美しさ、感服でございます」と真面目な顔で言う。  弦音はそれに笑い「そんなによく撮れてる?」と画面を一緒に覗き込んだ。 「本当だ。よく撮れてるね」 「実物のほうが美しいでございます」 「ふふ、くゆるの腕がいいんだよ」 「照れるでございます」 「アップ用?」 「はいでございます」 「さすが書記、仕事がまめだね」 「ありがとうでございます」  今は「ございます」な気分らしいくゆるは、撮った写真を次々とSNSへアップしていく。  すぐさま返ってくる反応には興味がないようで、カメラアプリを開き「そこに立つでございます」と弦音に指示をしはじめた。 「もっと右です」 「ここ?」 「薔薇に顔寄せてください」 「こう?」 「花弁(はなびら)食べようか」 「もぐもぐ」 「いいね、口から溢れる感じエロいよ」 「美味しくない」 「でも薔薇の紅茶とかありますよ」 「今度淹れて」 「オーケー」  どうやら「ございます」の気分は終わったらしい。 「くゆるも撮る?」 「ううん。薔薇、美味しくなさそう」 「それ言っちゃう?」 「僕は食べたのに」と言うけれど、実際は食べていない。  先ほど撮った写真を見せてもらうと、そこには手から溢れるほどの大輪の薔薇に唇を寄せる弦音がいた。 「綺麗」 「照れるな」 「もっと照れてる顔してください」 「こう?」 「いいね、エロいよ」  そのあとも場所を変え、ポーズを変え、沢山の写真を撮ったけれど、どの写真も「いいね、エロいよ」としか感想を貰えなかった。 「あ、(よい)だ」  ゲーム開始から今までに撮った写真を見せてもらっていると、素早くスワイプして切り替わる写真たちのなかに嘉を見つけた。 「わお、囲まれてるね」 「人気者です」  画面のなか、ウィンク泥棒であるはずの嘉がたくさんの生徒に群がられている。  くゆるはその写真を素早くSNS上へあげ、すかさず次の写真を投稿した。 「破壊力」  そのひと言を添えてアップされた写真には、嘉のウィンクに膝から崩れ落ちる生徒たちの姿が写っていた。  我らが生徒会の王子様である嘉の破壊力は凄まじい。  華麗に決まった嘉のウィンクに、ウェーブのように前方から倒れてゆく生徒たちの様子を上手く捉えている。 「やっぱり撮るの上手いよ」 「カメラの性能がいいんですよ」 「そう?」 「そうです」  くゆるは画面から目を離さず淡々と返す。  ブルーベリー色の髪の隙間から覗く耳が赤く染まっているけれど、弦音は見なかったことにした。  くゆるは奇抜な髪型に奇抜な言動で誤解されがちだが、根は驚くほどに無垢だ。  周囲からはみ出した言動に眉を顰めるものも少なくないけれど、弦音はそんなくゆるの言動を、親の気を引きたい子供みたいだ、と感じることがある。 「弦メロディ」 「つるめろでぃ? 僕のことかな」 「弦メロディは怪物ちゃんを生徒会に入れるつもりですか?」  くゆるのあだ名付けはその日の気分による。  一日の間に何個も変わったり、数ヶ月同じあだ名だったりと不規則だった。  弦メロディもそうだけれど、怪物ちゃん? なかなか斬新な名付けだ。 「よんちゃんが言ってたよ。 Green-eyed monster(緑色の目をした怪物)だ、って」  なるほど。いかにもキザな嘉が言いそうな台詞だ。  シェークスピアが好きなのかな、と思ったけれど、多分どこかで聞いたものが格好よかったから、みたいな理由でなんとなく使っただけだろう。嘉はそういうところがある。  一見恵まれているように見える優星にも、誰もが心のなかに持つ、嫉妬や妬みにかられることがあるのだろうか。  嘉はそれを指しているのかな、と思ったけれど、たぶんきっと嘉はなにも考えていない。嘉にはそういうところがあるので。 「僕はそのつもりだけど、くゆるはどう思う?」  弦音はじっとくゆるを観察する。  今日は髪に合わせて紫色のカラコンらしい。とてもよく似合っている。  くゆるは瞳や髪の色をころころと変え、それはヘアカラーリング剤とカラコンのカラーバリエーションに驚くほどだ。  慎重に、さりげなくくゆるを見つめるも、彼は普段通りの顔で不思議そうに首を傾げるだけだった。  でもそのブルーベリー色の瞳はかすかに翳っている。 「よく分からないです」 「そっか」  誰だって初めましては緊張する。  新しいものが既存のコミュニティーに加わると、良くも悪くも雰囲気は変わる。  変わった環境に馴染めるか、優しくできるか、仲良くできるか。不安は沢山あるだろう。  とくにくゆるは性格的にも、言動的にも、突然の変化に順応するのが得意ではなさそうだから。  奇妙な言動に惑わされがちだが、くゆるは極端な人見知りだ、と弦音は思っている。  どれだけ周囲に『変人』とレッテルを貼られていても、弦音は今のくゆるが好きだった。 「くゆるはこのあとどうする?」 「このままぐるぐる回って撮りまくります」 「はは、僕もこまめにチェックするから、予定通りによろしくね」 「了承しましたでございます」  おや、いつのまにか「ございます」が戻ってきた。今日はそのまま「ございます」で通す気だろうか。  小柄でカラフルなくゆるには丁寧な語尾はミスマッチに思えるけれど、可愛いから大丈夫だろう。 「スクープ! スクープ!」  くゆるは無意味に大きな声を出しながら走り去っていく。 「歩きスマホは駄目だよー」  どんどん遠ざかっていく小さな背に、弦音の声が届いたかは分からない。
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