社畜召喚

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社畜召喚

 魔方陣の中心で――勇者は目を覚ました。 「ここは、一体……」 「ここはファジターン王国。あなたからすると、異世界、といえばわかりよい場所でしょう」  わたしの説明に、彼はしばらく寝ぼけ顔。まあ、しかたあるまい。彼は自身の世界から、突然にこの世界へと転移させられたのだ。召喚した女神からも何の説明も受けぬまま。  すぐに理解はできないだろうが……ひとまず一通り述べなくてはならない。  わたしは微笑みを浮かべ、異世界の男に膝をついた。 「初めまして、勇者さま。わたしは宮廷魔術師長にして巫女のリエナ。女神シュルツのお導きにより、この世界の救世主となるあなたを召還――」 「あああっこれはこれはご丁寧にっ!!」  男は悲鳴じみた声を上げ、仰向けから飛び起きるなりうつぶせにと這いつくばった。  ――え。 ちょ。 「な、なんですかその動作。それって挨拶?」 「ジャパニーズ・ドゲザでございます! 挨拶とはちょっと違いますが、初対面の、それも長と肩書きにつくかたが膝までついてくださったのだからワタクシのような木っ端ヒラリーマンはこのくらい頭を低くしないと、居心地が悪くていられません!」 「は!? や、やめてください、あなたは勇者さまなんですよ!?」  わたしは慌てて、彼より身を低く――しようとしたが、勇者さまは両手のひらを床に着け、さらには額までこすりつけてる。これ以上低くなどしようがなく、わたしは彼を起こそうと必死になった。 「頭を上げてください。わたしなんかホントその、たまたま家柄と才能で成り上がっただけの小娘で」 「おおっ若々しい方だなと拝察しておりましたが実年齢もお若いのですか、いやぁーすばらしい。不肖この平茸昇(ひらたけノボル)など、社内窓際の景色を独占すること十余年、昇っているのは名前だけ、小学四年でナワトビ四重跳びを成し遂げたのを最後にスポットライトを浴びることもなく、まるで石の下に棲むダンゴムシのごとくただ年をくってきただけでございます。人生に、誇らしいことなどなにひとつなく!!」  と、ドゲザしたまま宣言する勇者。そのまましばし沈黙――そして立ち上がった。 「改めて、ご挨拶をさせて頂きます。ワタクシ株式会社『あおひげニードル』の宮城地区衛生管理部機械開発課、たんぽぽ担当の平茸と申します」 「……何をやってるヒトなのか全然わからない」 「よく言われます」  勇者はそう言って、はっはっはと明るく笑った。なにやら絵だか文字だかの描かれた、小さな紙切れを渡されたけど、それが何なのかもわからない。  とりあえず受け取って眺めていると、勇者は何か、物欲しそうな顔をした。  ……なんだろう。おなかがすいているのかな。  わたしがポケットに手を入れると、すかさず両手を差し出してくる。わたしは彼の手の上に、ビスケットをおいてやった。  彼は一瞬はげしく瞳孔を震わせたが、 「ありがたくちょうだいいたします」  と、さくさく食べた。 「ごちそうさまでした。……して、本日の御用向きは? 弊社の製品になにか不具合などありましたでしょうか」 「えっ? あ、いえいえ違います。あなたに来て頂いたのは、魔王ディーインを倒して欲しいからでして」 「魔王? ……恐れ入ります、製品番号と出荷元はおわかりでしょうか」 「製品番号とは。えーと、魔王城は、北の氷山に。わたしたちには歯が立たないけど、あなたは女神様から特別(チート)な魔力を受け取っているから、ぼちぼちな苦労をすれば倒せるはずです」 「なるほど、かしこまりました。では速やかに対処、対応を検討させて頂きます」 「――楽っ!? この勇者、楽!!」  思わず、わたしは大声を上げた。  えっ、だってまず普通、ここはどこだいったいどういうことだって問答して、これは夢なのか元の世界にどうやって戻れるんだって葛藤して、ようやっと理解したあたりで冷静になり、無理矢理召還しておいて魔王を倒せなんて無理を言うなと罵って、わたしの胸ぐらつかみあげるというのが一連の流れじゃないの?  そこで「――その手を放しなさい」って颯爽と登場するためにご神体裏に姫騎士さまが隠れているんだけど、これじゃ出番がない。  たぶん姫騎士さま困ってるよ? 泣いてるかも知れないよ? 可哀想だからちゃんと王道どおりにやってあげて!? 「うう……」  遠くから聞こえるうめき声。ああっやっぱり困ってる! 姫さま出られなくなって困ってる……!!  しかし勇者は気づきもせず、両腕をぐるぐる回してストレッチ。なにか覚悟を決めたような表情で、わたしをまっすぐに見つめてきた。 「……して。シュルツ殿」 「リエナです」 「アア失礼。リエナ殿がおっしゃった、女神ディーインは今どちらに」 「シュルツ様です。ディーインは魔王の名前ですよ……女神はいま、魔王に封じられています。あなたは残りわずかな力を振り絞って召喚されたのです。魔王を倒し女神を解放すれば、あなたも元の世界に帰れるでしょう」 「ああ、ではまずなによりも、魔王ザンギエフを倒しに行くのが仕事なのですね」 「その通りですが、魔王ディーインです。入れ替わってるじゃなくいよいよ盛大に間違ってますよ! みんなわりと簡単な名前でしょ!? ていうかザンギエフどこから出てきた!?」 「どうも、ワタクシなにせ窓際リーマンですからそういったところがポンコツで」 「クビにしない雇い主さんすごくいいひと」 「全くその通りだと私も思います」  勇者は朗らかにそう言った。 「まあそれでも、任せられたからにはちゃんとやりますので。ご依頼の魔王討伐にかかりたいと思いますが……正直、勇者と言われてもなんら実感がありません。とくに力が強くなった気もしないし。これから経験値を積んでレベルアップしていくということですか?」 「いえ、そういうわけではありません。身体こそ以前と変わらず、運動不足で後頭部が軽くやばいだけの中年男性ですが、女神の加護(チート)で、すでに膨大な魔力が備わっています」 「なるほど。ところで私の後頭部がどうだって?」 「ゆえに魔法の呪文を唱えるだけで、魔王を一撃で倒せるだけの超絶大威力の禁呪が発動するはずです」 「おお、それはなかなかの好待遇。……元世界での勤め先など、月末には社長の肩を揉み這いつくばって三べん回ってワンダフル! と言わないと、お給料が頂けませんでしたからねぇ」 「前言撤回、あなたの雇い主すごくゲス」 「全くその通りだと私も思います」  勇者はにこやかにそう言った。  もしかしてこの男、わたしが何を言っても「その通り」というのではないだろうか。  こほん、と咳払い。 「では……さっそく、あなたに戦うすべを授けましょう。勇者さま、こちらをどうぞ」 「これは……何のメモですか?」 「禁呪の呪文(カオス・ワード)です。わたしには使いこなせませんが、あなたならここにあるコトバを読み上げるだけで術が発動するはず」 「ほほう、なるほど。なになに、『四海を統べる太古の鬼神よ、我が盟約に従い――』」 「やめんかいっ!!」  わたしは勇者さまを蹴り飛ばした。さすが運動不足のただの中年、簡単にバランスを崩し、気持ちいいほどに吹っ飛んでいく。少しやばめな後頭部を押さえて呻く勇者さまに、わたしはさらに怒鳴りつけた。 「今のわたしの話聞いてたっ!? それ読み上げるだけで発動するっていったでしょうが!! 禁呪ですよ! 魔王を一撃で倒せるやつですよ、こんなところで読み上げたら神殿ふっとぶでしょうが理解しなさいよ!」 「ああ、そうかそういえば」 「そういえばじゃないっ! 後ろにいるわたしはともかく、ご神体の陰で泣いてる姫騎士さまは木っ端みじんになっちゃうとこでしたよわたしも忘れてましたけど!!」 「すみませんごめんなさい、そしてありがとうございます、この扱いが落ち着きます!!」 「黙れこのポンコツ!!」 「ありがとうございます!!!」  仰向けになっておなかをみせる勇者にさらなる追撃(ミドルキック)を行って、わたしはぜえはあ荒い呼吸を抑え込む。ええい、わたしとしたことが! 穏やかなキャラで売ってるのに思わずカッとなっちゃったわ。だってあまりにもイメージと違うんだもの。  しかし確かにこの男、女神に選ばれた勇者であり、最強の禁呪の使い手なのに変わりは無い。素直に言うこと聞いてくれるみたいだし、やっちゃだめなことをちゃんと伝えればいいのだろう。  ――よし、大体扱いがわかってきた。  わたしは息を整え、改めて、メモを勇者の前に突きつけた。 「このメモを暗唱し覚えてください。とはいえ、一言一句違わず、とも大丈夫。内容を一読くださればわかるとおり、これは古代の神への呼びかけ。あちらに向かって、『どうかわたしに力を貸してください』とちゃんと伝わりさえすれば、問題なく発動するものですからね」 「ほうほう、ビジネス文書と同じですね。雛型(テンプレート)はあるけども、ようはただの取引依頼だと――」  勇者は速やかに納得し、メモを黙読。そして、眉を寄せた。 「……。すいませんリエナ殿。私には無理です」 「はっ?」 「だってこれ……相手様にあんまりにも失礼じゃないですか! いきなり呼び捨て・アンド・タメ口ですよ!? 力を貸してくれと願っているのはこちらなのに!」 「えっ。ええと?」 「こんな失礼なこと私にはできません! 恐れ多い! 私ヒラなのに! うだつの上がらないヒラッヒラのヒラリーマンなのに!!」  わたしは身を乗り出し、先ほど自分が書き上げたメモを確認した。もちろん記憶していた通りの内容がそこにある。   「……『我が盟約に従いたまえ。我は名はナントカカントカ、汝の友、汝の眷属なり。目覚めよ鬼神、集えよ雷覇。昏き眠りの淵より応え出(い)でよ! 我に力を――』……。…………タメ口、ですね。……たしかに」 「ね? むしろ命令口調。おかしいでしょ。失礼でしょ。なんでこんなエラソウなんです」 「……まあ……うん。でもコレそういうアレ、その……テンプレだし……」 「悪しき習慣は絶たれるべきです。禁呪を使える人が他にいないのって、こんな失礼な呼びつけ方してるから太古の鬼神がへそ曲げてるだけじゃないですか?」 「そんなわけないでしょ!?」  と、怒鳴り返しはしたものの、禁呪を使えるのは彼のほかにない。  そしてたしかに呪文はちょっとエラソウな命令口調。この社畜勇者に唱えろと言うのは酷なのかもしれない。  むうっ……。 「……そうね……別に、丁寧に言い換えたからって発動しなくなるわけじゃないし。勇者さまが心地悪いというなら、言い易いように言葉を変えても構いませんよ」 「ありがたい。では、そうさせていただきます」  勇者はにっこり、笑って見せた。  ――長い旅の果て。  わたしたちはついに、闇の魔王ディーインに対峙した。 「――来たか、勇者よ。ここまで来れたこと、まずは褒めてつかわそう」  笑う魔王。笑うわたし。 「ふふふ……終わる……」  今日、この時。勝敗のいかに関わらず、わたしの旅は終わる。  禁呪を使える以外は運動不足のうすらハゲ中年でしかない勇者さまを文字通りおんぶにだっこで山を飛び谷を越え、露払いというよりは完全に護衛となって襲い来るモンスターたちを一人で薙ぎ払い続ける日々――気が付けばレベルも九十九(カンスト)し、巫女のくせに攻撃力は適正レベルの武闘家以上。四天王もムチのひと振りで掃討した――そんな日々が。 「今日で……終わるッ……!」 「いやあ。感慨深いですなあリエナ殿」 「うるさいポンコツっ! 誰のせいでこんなにしみじみ旅の終わりを喜んでると思ってんの!? はじめてのおつかいを見守る熟年結婚の父親みたいな顔してないで、さっさと禁呪を唱えなさいっ!!」 「かしこまりましたっ!」  相変わらず返事だけは無駄にいい。 「勇ましいな、勇者よ。思えば二千年ほども前、お前に似た目の男がいた――」  まだスモークの向こうでウニャウニャ言ってる魔王は無視で良し!  勇者は深く息を吸い、わたしもメモを取り出した。  結局暗記ができなかった勇者のために、「原文」を、わたしが先に詠んでいく―― 「『四海を統べる太古の鬼神よ』!」 「四海エリア本部長、太古の鬼神さま!」  わたしの読み上げに続けて、勇者が呪文(カオス・ワード)を唱える。瞬間、勇者の足元が赤く輝く。 「――『我が盟約に従いたまえ』!」 「拝啓、日頃は格別のお引立てにあずかり、まことにありがとうございます!」 「なっ――なに!? これはまさか――」  おののく魔王。しかしもう遅い! 「『我が名はホニャララ、汝の友、汝の眷属なり』!」 「ワタクシ株式会社『あおひげニードル』の宮城地区衛生管理部機械開発課、たんぽぽ担当の平茸と申します。太古の鬼神さまにはかねてよりお世話になっております!」 「これはまさか――禁呪!? ……え? これ禁呪?」 「『目覚めよ鬼神、集えよ雷覇。昏き眠りの淵より応え出でよ』」 「さて、かねてより計画しておりました魔王ディーイン討伐の件について! 起きてください鬼神さま、お集まりください雷覇御一行さま。お休みのところ誠に申し訳ございませんが、早急にご連絡賜りますようお願い申し上げますっ!」  目を点にして混乱したままの魔王に向けて、勇者は手をかざした。彼の全身はすでに赤光に包まれて、莫大な魔力が滾っている。    そうよ! このまま、このまま炸裂させてしまえ――!  わたしは叫んだ。 「『我に力を!』 ――鬼神雷迅覇(ヴィタ・ラグナ・ブラッシュ)!!」 「今日のところは取り急ぎご挨拶まで! 依頼の件は、後日担当の者がお伺いさせていただきまーすっ!」 「仕切りなおすなああぁぁあああああっ!!」  一気に霧散した赤光に向けて、深々と頭を下げている勇者を蹴り飛ばす。 「ええっ!? だってそんな、取引をお願いするならばまず初日はご挨拶のみ、事前アポイントは社会の常識」 「やかましいっ! あんたほんとにもーいい、いらないっ! クビーっ!!」  信じられないものを見た顔で振り返る勇者を踏みつけて、わたしはムチをぶん回した。  まだ呆然としたままの魔王をビシバシひっぱたき、とりあえず先制ダメージ。  それでやっと、正気に返った魔王ディーイン。  十六個ある眼を一斉にぱちくりさせて、小首をコテン、と傾けた。 「えっと。……今のはいったい」 「気にしないで! こうなったらもう、わたしが相手よっ!」  そうして――わたしと魔王、一対一の、最後の対決が始まった。  そしてこの死闘は、わたしが禁呪詠唱・丁寧語バージョンを唱えてみたら意外と普通に発動したことによって終わりを告げたのだった。  ビジネスマナー、それなりに大事。
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