第一章 君無くして春は来ず

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 本村は、仕立てのいいスーツを着て、派手なネクタイをしていた。背筋をピンと伸ばし、姿勢のいい本村は、ただ立っているだけで二枚目で、かつ会社の重役にも見える。  本村の気持ちも考えて、多少は譲歩するが、それでも俺は憂鬱で俯いてしまった。 「夏目、顔を上げてごらん。桜が咲いている……0歳から長かったな……夏目……」  本村は知的で気品があり、俺とは正反対であった。桜の木には、本村のような人が似合う。俺では、木の下に死体を埋めてしまう。 「桜は春になれば咲く。それが当たり前で、かつ、当然」  俺は部屋に戻ると、園児服を探してみたが、そもそも着た憶えが無かった。買わされた気もするが、見つからないのでスーツを着ておこう。 「卒園式と言っても、俺は数えるくらいしか通っていないからな……出席するのもどうかと思うけどな」  普段は公安警察で仕事をしているので、幼稚園には通う事が無かった。それに、ここの園児はかなり元気がいいので、通学したら仕事以上に疲れてしまう。 「姉さんが、リアルタイムで見たいそうでね……カメラは衛星中継だ」 「それは、やめろ!!!」  スーツを着込んで靴を履くと、本村が俺を抱えていた。 「しかし、夏目は成長が遅いな。まるで三歳児だ」 「遅くない!」
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