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僕は、体調が悪いと嘘を吐いて早退した。 今は、幸くんと顔を合わせる自信がなかったから。 顔を合わせたら、泣いてしまいそうだったから。 お母さんは、まだ眠っていた。 起きていても、何も言わなかっただろうけど。 部屋に籠もって、枕に顔を埋めると、涙が溢れてくる。 幸くんの顔と、希の顔が、交互に頭の中をグルグル回る。 そうしている間に、僕は泣き疲れて眠ってしまっていて、部屋のドアを激しく叩く音で目が覚めた。 急いでドアを開けると、そこに立っていたのは希で、いつもの、嘲るような表情をしていた。 「…希……」 「泣いてたの?」 「え…?」 「泣いてたんでしょ?俺が先輩とキスしてるとこ見たのがショックで。だから先帰ったんでしょ?」 尋問のような問いに、僕は思わず目を逸らした。 「……っ…!」 希が、突然僕の空っぽの右袖を掴んで引っ張る。 勢いでそのまま廊下へ投げ出されて、前のめりに倒れてしまった。 「兄貴さ…先輩の事好きなんでしょ?」 「………」 「でも先輩は兄貴には興味がないみたいだから。俺が貰っちゃってもいいよね?」 希は、体勢を立て直そうとする僕の脇腹を蹴って、胸ぐらを掴んで引き寄せた。 「……っ…」 「俺の未来を奪ったんだってこと、忘れんなよ。先輩は俺が貰うから。アンタは自然に、あの人から離れてくれればいいよ。簡単だろ?ずっと一人だったんだから」 ずっと一人。 幸くんを失ったら、僕は、また一人になる。 でも… 僕が、希の未来を奪ったのは事実だ。 僕が腕を失わなかったら、希は、もっと自由に生きることが出来た。 「それに、先輩だって、欠陥品のアンタより、俺の方がいいに決まってるでしょ?」 その言葉が、決め手になった。 幸くんも、希も、幸せになれる方法。 それがこれしかないなら、僕には、初めから選択権なんてない。 何も、辛いことなんかないはずだ。 ただ、幸くんに出会う前に、戻るだけだから。
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