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『山下くんに捨てられたんじゃないの?』 『新田のくせに調子に乗ってるから』 『でも最近山下くん、新田の弟とよく一緒にいるよね』 『あの二人、付き合ってるらしいよ』 そんな話を、僕は床に這いつくばって聞いていた。 頭上から何度も降ってくる靴の痛みは、もう感じない。 僕には、彼らのわざと僕に聞かせている話の方が痛かったから。 僕は、幸せになってはいけない。 それは、もうよくわかったよ神様。 でも、幸せになってはいけないのと、不幸になることは、同じなの? 僕は、幸せになってはいけない。 不幸にならなければいけない。 いつも現実に絶望して、一欠片の希望も幸福も、持ってはいけない。 そういう、ことなのかな? どうして、神様は僕から腕を奪ったんだろう。 どうして……どうして…? 幸くんには、言えなかったけど…誰にも、言ったことはないけど…僕は、医者になりたかった。 沢山の人の命を救うお父さんの仕事に、小さい頃から憧れていて、医者になるのは、僕の夢だった。 その夢が、絶たれた時。 幼いながらに、僕は絶望というものを思い知った。 それから、お父さんは仕事の話を、僕じゃなく希にするようになった。 希は、いつも面倒臭そうに話を聞いていた。 今までは、僕の部屋に置いてあった医学に関係する本は全部希の部屋に移された。 一度も、希が読んでいるのを見たことはない。 僕が、いつか理解出来るようになったら読もうと、大切にしていた本が全て、今は、埃を被っている。 それが、どんなに辛いことだったか…そんなこと、誰に話してもわかってもらえないだろう。 でも、幸くんに出会って、幸くんがそばにいてくれるその時間だけ、僕は初めて、心の隅にずっと抱えていたその苦しみを、忘れられた。 幸くんと同じ、“普通”になれた気がした。 でも、僕はもう幸くんのそばにはいられない。 あの時、僕の手を取って叩いてくれたあの優しい手は、これからは、希の手を握るんだろう。
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