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「お前はクソだな」
赤川は、優しい目のままそう言った。
だから、その言葉は責めているというより、哀れんでいるように聞こえた。
「でも、もっとクソなのは、お前を自分の気持ちもわからねぇようなクソに育てたお前の親だ」
吐き捨てるように言って、赤川は煙草に火を点けた。
赤川の吐き出した紫煙が、ゆっくりと空へと上っていく。
それをただ、俺はボーッと見ている。
青い空を汚していくようなその煙が、まるで自分のように思えた。
「俺がなれないのにお前が代わりに医者になるなんて許さない。
お前は、それを兄貴の口から聞きたかったんだろ?」
「え……?」
「兄貴が腕を失って、お前のクソ親父がくだらねぇ自尊心の矛先をお前に変えたその時、兄貴がそう言ってれば…お前はこんなくだらねぇことはしなかった。
自分でも、わかってんだろ?」
赤川の言葉は、やっぱりナイフだ。
「…何で……」
心の奥底に、鍵をかけて沈めたはずのものを、簡単に切り裂いて、取り出して、俺の目の前にぶちまける。
そうして俺は、見ないようにしていた痛い真実を、再び、まざまざとこの目に焼き付けることになる。
「お前、昔の俺見てるみたいでムカつくんだよ」
「…え…?」
「その、叱られるのを待ってるガキみてぇな顔。
俺と全く同じで、反吐が出る」
同じ…?
「自分と同じ家庭環境のくせに、自由に生きてる俺が嫌いだったんだろ?
でもな、俺からすりゃ、生きてく道が最初から決められてるお前が、羨ましく思えるんだよ」
「俺が…羨ましい……?」
赤川の手から、煙草が落ちる。
その火を、靴で揉み消して、吸い殻を拾い上げ携帯灰皿に
入れる。
その律儀さが、赤川らしかった。
「俺も、お前と同じだった。
医者である親父がいて、医者になりたかったのに、なれなくなった兄貴がいたんだよ」
赤川は、もう一本煙草を取り出して火を点ける。
大きく吸って、空へと煙を吐き出す。
その寂しそうな、どこかわがままに愛を求める子供のような表情は、いつも鏡で見る俺の顔に、よく似ていた。
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