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23 Nagi.side
『凪!僕はお父さんみたいな優しいお医者さんになるよ。それで、病気で死ぬ人なんていない世界にしたいんだ』
そんな言葉が口癖だった兄貴が病気で死んだのは、今から四年前。
兄貴が、十四歳の時だった。
親父は、俺には涙を見せなかった。
今までと変わらない、普通の父親でいようとしてくれた。
でも、俺は…変わらずにはいられなかった。
「父親が医者だろうが、兄貴が医者を目指してようが、そんなこと…俺には関係ねぇと思ってた。
でも、夢を叶える前に、兄貴が死んで…」
父親と同じ医者になる、という夢だけが、俺の目の前に落ちてきた。
兄貴の夢を、夢のまま終わらせてしまう罪悪感。
医者になって、兄貴の夢を、代わりに叶える罪悪感。
そんな、相反する二つの大きな感情が突然心の中に生まれて、俺は、どうしたらいいのかわからなくなった。
「お前とは逆だな。
俺は、答えが欲しかったんだ。
強制される未来が欲しかった。
自分で選んだ道じゃないって、兄貴に言い訳が出来るように」
親父はきっと、そんな俺の気持ちなんて、全部見透かしてた。
だから、何も言わなかったんだと思う。
でも、去年の、兄貴の命日。
仏壇の前に座っていた親父が、学校から帰ってきた俺を呼び止めた。
『凪、ちょっと話そう』
二人で向かい合って座って、久しぶりに、親父の顔を真っ直ぐに見た。
変わらない、優しい穏やかな顔だった。
『ごめんな、凪』
『…何が?』
『今まで…何も言わなくて。
いつか…お前が自分で答えを見つけられるなら、その方がいいと思ってたんだ。
でも…俺、忘れてたよ。
お前がまだ、大好きな兄貴を失った小さな子どもだったことを、忘れてた』
親父の大きな手が、俺の頭をポンポンと叩いた。
その懐かしい感触に、柄にもなく、涙が滲んだのを覚えてる。
『なぁ凪。俺は海の夢を、お前に託す気はない。
凪には、凪の人生がある。
お前が、本心から医者になりたいって言うならそれもいい。
でも、海の夢を代わりに叶えるためだって言うなら、俺は応援してやれない。
好きに生きていいんだ。今はまだ、人生に迷っていたっていい。お前自身の人生だ。
自由に、やりたいことをして生きてくれよ』
その瞬間、俺には、親父の姿と兄貴の姿が重なって見えた。
『自由に、好きに生きてほしい』
そう、兄貴から、言われたような気がした。
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