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26
「天音!」
左手を掴まれて、誰かの胸に引き寄せられた。
それが誰なのか考える暇もなく、耳元で大好きな声が叫んだ。
「何やってんだよ…!落ちたら死んじゃうだろ!何で……」
「…幸、くん……」
「間に合って良かった……良かった…」
幸くんは、泣いていた。
僕より沢山、僕が死ななかったことに、泣いていた。
「幸くん……どうして泣いてるの?」
「天音が生きてるから。今、俺の腕の中にいてくれるからだよ」
「…どうして、それで泣いてるの?」
僕が生きてたから、どうして幸くんが泣くの?
僕が生きてたら、苦しむ人が沢山いるんだよ。
僕が死ななかったら、困る人が沢山いるんだよ。
「お父さんのこと…天音の家のことは、先生から聞いた。ごめん…何にも、気づいてあげられなくて」
僕の家のこと、家族のこと…知ってるなら、離して。
全部知ってるなら、幸くんにもわかるでしょ?
僕の居場所はもうどこにもない。
帰るところは、どこにも。
「幸くん……ありがとう…」
最後にもう一つ、幸せなことが起きた。
幸せなんて訪れないと思っていた僕に、こんなに沢山…もう、充分だよ。
「天音!そんな…ありがとうとか、最後みたいなこと言うなよ。ありがとうなんて…俺は、お前がいじめられてることも、家のことだって…何にも気づいてあげられなかった。そんな…お礼言われることなんて、何にも…」
「そんなことないよ。…幸くんのおかげで、僕は救われた。一瞬でも、幸せになることが出来た。
幸くんに、会えて良かった。
僕は本当に…」
「だから!」
体を離されて、やっと幸くんの顔が見えた。
あの時と同じ、怒っているような、悲しんでいるような…僕を、想ってくれているような表情。
どうして、そんな顔するの?
そんな顔は…幸くんのその想いは、僕に向けていいような感情じゃないのに。
「だから…何で、そんな…もう会えないみたいなこと言うの。これから……これからなのに!」
「…何が…?」
「天音。俺は…
俺は……天音が好きだよ」
その瞬間、時が止まった。
感情も、思考も、何もかもが止まった。
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