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「新田くん、どう?」
「あ…もう平気です。すみません」
「どうして謝るの?何にも悪くないのに」
まだ少し熱があってフラフラする僕を、山下くんが送ってくれることになった。
こんなに長い間二人きりになったのは初めてで、上手く会話が続かない。
山下くんは、どんなものが好きなんだろう?
何の話をしたら、喜んでくれるんだろう?
「いつから…ああいうこと…」
「……最近。でも、本当に平気なんだ。もう、気にしないで」
「でも…」
「本当に。大丈夫だから」
ああいうことは、もう慣れてるし。
せっかくだから、笑ってほしい。
「山下くんは、何か…好きなもの、ある?」
「好きなもの?」
「うん。何か、趣味とか…」
「そうだなぁ……俺さ、動物が凄い好きなの。将来、動物に関わる仕事につきたいと思ってる」
将来の仕事…。
いいなぁ、凄いなぁ。
夢があるって、素敵なことだ。
僕は…僕には、将来なんかない。
ただ何となく生きて、ただ何となく、死んでいくだろう。
僕の未来がどうであれ、それを喜ぶ人も、憂う人もいない。
僕自身だってそうなんだから。
「凄いね。山下くんならきっと大丈夫だよ」
「うん、ありがとう。天音くんは?」
「………」
「将来の夢とか、あるの?」
僕は、医者にならなきゃいけなかった。
父さんのため、母さんのため、希のために。
「今は…まだないかな」
僕は、何をすればいいだろう?
誰のために生きればいいだろう?
僕のせいで苦しんでいる人たちを前に、どんな人生が送れると言うんだろう?
「そっか。まぁ、ゆっくりでもいいよね。そういうことは。そんな簡単に決められるものじゃないし。あ、そうだ!天音くん、今度さ…動物園行かない?」
「え?」
「一緒に行く予定だった奴が、用事で来られなくなっちゃって…チケット余ってるし…もし、良かったら」
「…僕で、いいの?」
「うん。天音くんがいい」
本当に、僕でいいんだろうか?
もっと、可愛い女の子と行った方が、楽しいような気がするけど。
「…ありがとう。楽しみにしてるね」
「うん。…俺も、楽しみ」
山下くんがどうして僕を誘ったのかはよくわからないけど、とても嬉しそうに笑ってくれたから、これでよかったのかもしれない。
動物園か…。
事故に遭う前…六歳の夏に、一度行ったきりだ。
楽しかった。
あの時の、幸せな時間は、今でも鮮明に思い出せる。
出来ることなら、一生。
死ぬまで、覚えておきたい。
きっと、あれが最後になるから。
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