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動物園に入ってすぐに、子どもの無邪気な声で、無邪気な言葉が聞こえた。 『ねぇママ!あの人、何で腕がないの?』 純粋な疑問。 どうしてあの人は他の人と違うの? それに対して大人は、必ずこう答える。 『止めなさい。そんなこと言っちゃダメでしょ』 『あんまり見ちゃダメよ』 その言葉の方が胸に刺さるということを、誰もわかってはくれない。 「…ごめんね」 「何が?」 「…ああいうの、気になるでしょ?」 僕はもう慣れたけど、山下くんは違う。 僕が隣にいることで、山下くんまで変な視線を向けられるのが申し訳なくて、居た堪れない気持ちになる。 「今凄く楽しいから全然気にならないよ」 山下くんは、何気ない顔で、いつも…僕が一番欲しい言葉をくれる。 どうして? 本当に、僕には山下くんがわからない。 僕自身のことも、よくわからない。 動物を見る山下くんの目は、とても優しい。 沢山見て回るうちに、山下くんの動物に対する大きな愛情が、僕にも手に取るようにわかった。 僕は、もちろん動物も好きだけど…なぜか、山下くんの横顔ばかりに目が行く。 不意に目が合うと、凄く照れくさくなって、急いで目を逸らすけど、耳が熱くなるのがわかる。 僕は、山下くんといると何だかおかしい。 お昼の時間になって、園内にあるレストランでご飯を食べることになった。 ピークの時間を少し過ぎて、店内はそれほど混んでいなかったからすぐに席に着くことが出来た。 二人でご飯を食べながら、山下くんは動物についての知識や雑学を聞かせてくれた。 とても楽しくて、僕はずっと笑っていた。 こんなに…こんなに笑ったのは、久しぶりだった。 「あ、俺この歌好きなんだよね」 不意に、山下くんがそう言ったのは、店内に流れているBGMが変わった瞬間だった。 子どもが多いからか店内にはアニメソングや童謡が流れていて、今は、あの歌が流れている。 「僕は………僕は、あんまり好きじゃない」 つい、言ってしまった言葉だった。 すぐに後悔したけど、もう遅かった。 空気が一瞬にして、張り詰める。 「あ……ごめん。ごめんなさい…」 山下くんは何も悪くないのに、またそんな顔をさせてしまった。 「何で、嫌いなの?」 「え…あ、それは……」 それは、あんまり…言いたくない理由なんだけど。 「僕には…叩く手がないから」 「………」 「小さい頃、この歌を聞いて…僕は、幸せになっちゃいけないんだなって…」 そう言うと、山下くんは、不思議そうな顔をした。 「ならこうすればいいじゃん」 「…え…?」 山下くんは僕の左手を手に取って、そして、山下くんの左手で軽く叩いた。 手拍子の音が響く。 「こうすれば、手を叩けるでしょ?」 それは、僕の価値観を大きく変える言葉だった。 きっと一人で両手で手拍子をするのとは違う不格好な音だろう。 それでも、僕の耳には大きく響いた。 山下くんはいつも、僕が一番欲しい言葉をくれる。 ずっと欲しかった言葉を、くれる。 「……そっか。そうだね」 「天音くんが幸せな時は、いつでも、俺が天音くんの右手になるよ」 涙が滲んで、二人の合わされた手も、山下くんの優しい顔も、見えなくなる。 僕は、人生で初めて、幸せに涙を流した。 こんなに幸せなことは、きっと僕の人生にはもう起こらない。 僕にとって、今日のこの瞬間は、永遠の宝物だ。
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